其の五十二 一触即発・青春上等
――近頃にしては珍しく、ポカポカ陽気が暖かい昼下がりの午後。
学校の屋上で、
僕と如月さんの顔が、
『急接近』していた。
――その距離、わずか、十センチほど。
…
…
…
――ど、どういう状況ッ!?
フンワリと、ミルキーみたいに甘ったるい匂いが僕の鼻をくすぐる。
おそらく、僕が『僅か』でも身体を動かせば、
僕と如月さんの顔は、
文字通り、『接触』する。
――一触触発。
グラグラになったジェンガを見守るような緊張感。
僕の『眼』は、大きく見開かれた彼女の『眼』に徐々に吸い込まれていき――
「――ねぇ」
――ふいに、彼女の声が耳に飛び込む。
「――何も考えずに、私の眼だけを、ただ、『見つめて』」
至近距離で放たれた彼女の『言葉』が、
脳内に直接流し込まれたみたいに、頭の中で鳴り響く。
僕の『眼』が、いよいよ彼女の『眼』の中に吸収されそうになったその時――
……あれ……?
――ふと気づいた、一つの『違和感』。
大きく見開かれた彼女の『黒眼』の奥で、
一点に輝く、『碧色の光』。
――スッと、おもむろに。
如月さんは身を引き、僕たちの身体は、文字通り『距離が置かれる』。
……だぁ~~~~っ!
――脱力。
せき止めていた汗が体中から噴出し、
僕は肺の中が空になるまで、身体中の酸素を外へ吐き出した。
「……と、いう事よ」
「……どういう事?」
したり顔で言葉を締める如月さんに、
真顔の僕が質問を返す。
彼女は、ゴシック体の太いフォント文字で「何故わからないの?」と いっぱいに書かれた顔で、首を斜め四十五度に傾げた。
「……『赤』、『青』、『緑』…、『色眼族』の感情が大きく変化した時、その眼の色がそれぞれの『種族』ごとの色に染まる……、という話は、以前にしたわよね?」
僕は力の無い所作で、コクンと首を縦に振る。
――知ってるも何も、『身を持って経験している』。
「『色眼族』が持つ『色眼』は、普段はまっくろな『黒色』に覆い隠されているのだけれど………、その眼を近くでじぃっと覗いてみると、『水晶体』のその奥に、『色眼』の持つ『本来の色』がほんの僅かに光っているの」
……なんだって……?
コレ、かなりの『有力情報』なんじゃ――
「だ、だったらさ!」
さっきまで砕けていた僕の腰が、急ピッチで瞬間接骨を開始する。
僕はガバッと前のめりの姿勢になると、如月さんの顔を食い入るように見やった。
「……うちの学校の生徒を、一人一人捕まえて、その『眼』を確認してみれば――」
「――どうやって?」
――ピシャリ、と、一声。
無機質で、抑揚の無い、機械みたいなトーンの如月さんの声が、
だだっ広い学校の屋上に、響く。
「……ごめんなさい、あまり、現実的なアイディアとは思えないわ。……それに――」
能面のような無表情で、ポカンと口を開けている僕に向かって、
如月さんが、淡々と言葉を紡ぐ。
「――そんな事をしていたら、正体がバレそうになった『赤眼』が焦って、その場であなたを殺してしまうんじゃないかしら?」
――ハッ、となる。
確かに、そうだ。
僕のやろうとした事は、
『勝利』を焦るばかりに、敵陣に一人で突っ込むような、
あまりにも、『愚かな』行為。
僕はガックリとうなだれ、「はぁ~~っ」と大仰なタメ息を吐くと、
その場にヘナヘナとへたりこんでしまった。
……僕は、何を興奮して――、ああ恥ずかしい、穴があったら入りたい。川があったら飛び込みたい。
如月さんが、すっかり意気消沈した僕のすぐ横に並ぶように、ちょこんと腰を掛ける。
そして、無機質だけど、ちょっとだけ抑揚のある声で――
「水無月君、焦っては、ダメよ」
母親のように、優しい微笑を浮かべる。
「……『焦り』は、『絶望』の入り口。あなたには、何があっても、何が起こっても……、堂々と、すべてを『笑い飛ばす』くらいの、『のんき』さが、必要だと思うわ」
…
…
…
……ヤバイ、グッと来た。
――彼女に惚れそうになったのは、『二回目』だった。
「――時に、水無月君」
「…………うん?」
「『爆笑・ドレッドヘア・バトル』という――」
「――その話は、前にもう聞いたよ」
「…………そう」
如月さんが、能面のような無表情を崩さぬまま、
シュン、と落ち込んだ。
――それにしても。
……さっきは、めちゃくちゃドキドキしたな。最近、如月さんの『ド天然』ぶりに拍車がかかっているからあんまり意識する事がなくなったけど、如月さん、フツウに凄い美人だよな……。ただでさえ、『女子と至近距離で会話する』なんてシチュエーション、こちとら全然慣れてないっつーの……。昨日だって、不知火さんと、公園で――
…
…
……公園で……、あれ――
――不自然に近づいてきた不知火さんが――
――僕の『眼』を、じぃっと見てて――
…
…
…
「――まさか」
――声が、漏れ出る。
いきなりボソリと呟いた僕を、
如月さんが訝し気な表情で見つめている。
――まさか、彼女の『狙い』って――
「――如月、さん」
しばしの沈黙の後、僕は地面に視線を落としたまま、一音一音かすれないよう、ゆっくりと、文字を拾い上げるように、彼女の名前を呼んだ。
「…………なに、かしら」
僕のただならぬ雰囲気を察した如月さんが、
鋭い眼差しをこちらに向けながら、低く、抑揚の無い、機械みたいなトーンで返事を返す。
僕は、今まで人に見せたことが無いような真剣な顔を彼女に向けて、
一言、こぼすように呟いた。
「――協力して欲しいことがあるんだ」
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