-終幕-

其の五十三 『仮説』


 一日で『二回も』、学校の屋上に訪れるのは人生で初めてだ。


 ――放課後の『幕開け』……、帰りのホームルームが終わるや否や、僕は誰よりも早く教室を抜け出し、校舎の玄関に向かい、古ぼけた靴ロッカーに『ある仕掛け』を施し、そのまま踵を返して、猛スピードで階段を駆け登った。

 二段飛ばしで一気に屋上までたどり着いた僕は、フゥ、と大きく一呼吸すると、ガクガクと震える膝にムチを打ちながら、キィーっと錆付いたドアを開いた。

 


 ――灰色の地面が視界に広がる。


 ……右を見る。誰も居ない。

 ……左を見る。誰も居ない。

 ……『塔屋』の上を覗き見る。……よし。



 現場の『ロケハン』を無事に終えた僕は、よろよろと歩きながら、『地面』と『空』の境界線…、『手すり』にもたれかかった。

 フゥ―ッ、と再び大きな息を吐く。



 ……準備は整った。あとは、『待ち人』が来るのを、待つだけだ――







 ――十五分くらい経っただろうか。

 ぼうっと、校舎裏の駐車場を見つめている僕の耳に、『キィーっ』と錆付いたドアが開かれる音が聞こえてきた。

 僕は振り返って、音がした方向へと目を向ける。 

 

 ――『バタン』と、無機質に、扉が閉じられた。

 『彼女』が、塔屋を背にして、しおらしく佇んでいる。



 「……『下駄箱』に『手紙』なんて……、ずいぶん古風な事するんだね。水無月君――」


 

 『彼女』――、『不知火 桃花』が、薄い微笑を浮かべながら、薄茶色のロングヘアをかきあげた。

 彼女と相対する僕……、『水無月 葵』が、手すりから手を離して彼女に近づく。

 およそ数メートルほどの距離を残したまま足を止め、少し逡巡したあとに、口を開く。



 「……不知火さん、……大事な、話があるんだ」


 「……何? 愛の告白、かな?」



 不知火さんが、ニコッと自嘲気味に笑いながら、そんな事を言う。


 僕は彼女の煽るような冗談に対して、『笑っていいのか』、『否定していいのか』がわからず、無表情のまま、ツマラナイ顔を彼女に晒した。

 

 ――彼女は、『そんなキャラ』じゃないはずだ。『そんなキャラ』じゃない彼女が、何故「そんな事」を言うんだろう――


 疑問を、一旦端に置く。

 僕は、単刀直入に、あるがまま、昨日から渦巻いていた『ある疑問』を彼女にぶつけた。



 「……昨日、僕を誘ってくれたのって、……なんでかな?」



 ――果たして、彼女の表情は『動かない』。

 自嘲気味な笑顔を口の端に浮かべながら、僕の声が届かなかったんじゃないかってくらい、一切の反応が無かった。



 「――なんでだと思う?」



 少しの間が開き、返ってきた『逆質問』。

 ――なるほど、『想定外の返答』だ。

 


 …


 …


 ……えっ、どうしよう。


 

 『想定外の答え』って、『なんて返したらわからない』という結論と同義である。

 ――もちろん、『彼女が昨日僕を誘った理由』について、僕なりに見当を付けた上で、『あえて』彼女に質問をしているんだけど…。


 自分からソレを言うのは違うと思ったし、

 何より、彼女の口から直接聞きたかった。



 「……何かを、『確かめようとした』んじゃ……、ないかな」



 絞り出した回答は、曖昧に濁した、『無粋な一言』。

 『核心』の外側を指でそっとナゾっただけの、輪郭の無い答え。



 不知火さんは、そんな僕の『逃げ腰な態度』に辟易するように、スッと目を細めて、ハァッ、と露骨なタメ息を漏らす。



 「……煮え切らないね、水無月君。……ハッキリ、言えばいいのに――」



 不知火さんが、無機質な細い目こちらに向けたまま、一歩、二歩と、僕に近づく。

 

 そして、口を開き、

 淀みなく、淡々と、冷たい息を吐き出すように――

 

 声を、発する。



 「――『水無月君が、青眼かどうか確認するために呼び出したんじゃないか』って――」







 ――果たして、僕の『仮説』は的中した。


 不知火さんは、何か『狙い』があって昨日僕を誘った。

 不知火さんは、僕が『青眼』だってことに気づいていた。


 ……そして、彼女は確信を得る。

 ――僕の瞳の奥でうっすらと輝く、『藍色』の光を見つけることによって。


 『確信』を得ながらも、そのことを『僕に伝えない』ってことはつまり――


 

 不知火さんは、少なくとも、僕の『味方』ではない。


 ……いや、ハッキリ言おう。



 彼女は、『赤眼』だ。







 『想像通り』だったはずなのに――

 『頭ではわかっていた』はずなのに――


 彼女の口から飛び出してきた『事実』の重さを、僕はシンプルに受け止め切れていなかった。


 言葉を失った僕は、

 ツマラナイ、感情の無い表情をピクリとも動かさず、


 呆けた顔を、ただ彼女に晒した。



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