其の五十一 ひらがなだけのぶんしょうは、とてもよみにくいので、やめたほうがいい


 「それ、私だから」


 ド天然娘がサラリと放ったその言葉が、

 風の無い空を伝って、ヒラヒラと僕の耳へ届く。



 ……えっ?

 「……えっ?」



 …………えっ?

 「…………えっ?」



 ――二回連続で、『えっ?』と言ったのは人生で初めてだ。『二度見』ならぬ、『二度聞き』ってやつ。

 果たして、ストーカー容疑をあっさり認めた『ド犯罪娘』――、『如月 千草』の顔には、 ゴシック体の太いフォント文字で「何か問題でも?」と達筆に書かれている。


 混乱に混迷を重ねた僕の脳は、速やかなる『事実確認』を彼女に求めた。



 「……『私だから』、って、僕を、尾行していた……、ってこと?」

 「……ええ、そうなると思うわ」

 「……いつから?」

 「水無月君が、『学校』を出た時からかしら」

 ――最初からかよ。

 「……え、いつまで?」

 「水無月君が、自宅と思わしき建物の中に入っていくまで」

 ――最期までかよ。

 「……じゃあ、その道中の出来事って」

 「ええ、『全て見ていたわ』」

 「……………」

 「不知火さんが食べていた『和栗のモンブラン』、私も食べたいと思ったわ」

 「……………」

 ――千里眼かよ。



 ――ツーーーッ……


 僕の首筋に、

 一筋の汗が垂れる。

 


 『きょうは、めずらしくポカポカようきで、おもわずあせなんかかいちゃうなぁ』

 『けっして、せいしんてきなどうようや、きょうふかんから、あせをかいてるわけじゃないんだよ』



 心の中で、そう思い込むことにした。



 「ちなみにだけど……、一応、『理由』を聞いてもいいかな? ……僕を、尾行していた――」


 僕の問いかけを聞いて、如月さんは斜め四十五度に首を傾ける。

 眉毛を八の字に曲げながら、『なんでそんな事聞くのだ』と言わんばかりに――



 「――あなたを見守る事が、『緑眼』の使命だからだけど……?」



 あっけらかんと、そう言い放つ。




 ……これからは、周りに人が居ようが居まいが、いつ何時も『清く正しく』生きることにしよう。

 

 『色眼族』の使命の重さを再認識した僕は、

 両手を組み、天に向かってアーメンと呟いた。







 「――ほかに、何か気になることはあったかしら」



 天に向けて祈りを捧げる僕に向かって、訝し気な眼でこっちを見ている如月さん(※僕は目を瞑っているので勝手にそう思っている)が、事情聴取中の警官みたいな事を言う。……いや、事情聴取しているのはこっちだったはずだ。いつの間にか立場が逆転している。僕は組んでいた両手をほどいて目を開け、こぼすように口を開く。



 「……今のところは、あまり思いつかないかな」



 下駄箱に放られた『手紙』の謎。

 昨晩、僕が感じた黒い視線の正体――

 ……は、如月さんだったんだ。



 ――果たして、僕の『命を懸けた戦い』への『作戦会議』は、本日も不発に終わった。

 ……本当に、こんなことで『黒幕』を見つける事ができるのだろうか。



 胸に広がりそうになった一抹の不安をごまかす様に、

 僕は、ググッと大きく『伸び』をする。



 「……あ~あ、『普通の人』を『色眼族』かどうか見分ける方法でもあればいいんだけどなぁ――」



 何気なく、

 ごちるように放った、

 そんな一言に、



 「……あるわよ。一つだけ」



 ――抑揚の無い、機械のようなトーンで、

 サラリと返した、『如月 千草』。



 「……えっ――」



 中途半端な姿勢で、

 ポカンと口を開けている僕の顔に、


 如月さんの顔が、『急接近』する。



 ――その距離、わずか、十センチほど。



 …


 …


 …

 


 ――ど、どういう状況ッ!?



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