其の四十七 冷え切った身体で考え事をしていても、ロクな答えが出てこない


 ――僕の『眼』に映る風景。

 

 橙色が、妙に寂しい夕焼け雲。

 錆付いて塗装がはがれてしまっている、灰色のジャングルジム。

 山吹色に生い茂っている木々と、地面を埋め尽くしている落ち葉。


 『誰も居ない公園』のベンチに、僕と『不知火さん』はポツンと並んで座り、どこというわけでもなく、まっすぐに、ジーーッと、『宙』に向かって視線を漂わせていた。



 ……十五分くらい、経ったかな――



 喫茶店を後にしてから、僕たち二人は特に会話をすることも無く、人気の無い住宅街をトボトボと歩いていた。僕は、並んで歩く不知火さんに歩調を合わせながら、たまにポツリと、道順だけを伝える彼女の声にただ従って、ひたすらに足を運んだ。


 ――とある『寂れた公園』の前で、不知火さんの足がピタっと止まった。

 彼女は無言のまま公園の中へと入っていき、木造の古いベンチに腰を掛ける。遅れて付いて行った僕は、彼女の隣り――、から、ちょっとだけ距離を離して、静かに腰を降ろした。



 引き続き、二人は一言も発することなく――


 今に、至る。



 僕は、なんとなく思っていた。


 彼女には、たぶん、何か『狙い』がある。

 それを切り出すタイミングを、図っている。


 ……それに『乗ってしまう』ことが、正しいのかどうかはわからないけど。

 何も考えず、何の想像もせずに彼女を遠ざける行為は、ちょっと違う気がした。



 「――昔ね、」



 半刻ぶりに聴こえた、不知火さんのアニメキャラみたいな声。



 「……『サッちゃん』っていう、お友達が居たの……」



 不知火さんはこちらを向くことなく、相変わらず、まっすぐジーーッと、『宙』に向かって目線を漂わせている。僕も彼女の方を見ずに、耳だけを傾ける。



 「……私が、小学校低学年くらいの時かな。学校も習い事も一緒じゃなかったんだけど、何故だか友達になった私たちは、この公園でよく遊んだんだ」



 …


 ……なんで、急に昔話なんか……。



 「『サッちゃん』はね、快活な子だった。臆病で、まともに『ジャングルジム』にも上ったことが無い私に、色んな遊びを教えてくれた。……笑うと、八重歯が見えるの。女の子だったけど、スカートよりズボンを履いていることの方が多かったかなぁ」



 僕に向かって、というより、自分自身へ向けて。

 彼女は、ポツポツと、記憶の中の風景を掘り起こすように、時には懐かしそうに笑いながら、ゆったりしたトーンで言葉を紡いでいった。



 「……ある時、『サッちゃん』は公園に来なくなった。引っ越しちゃったのか、単純に気持ちが向かなくなったのか……、来なくなった理由は未だにわからないけど、その日の私は、日が暮れるまでずーーっと『サッちゃん』を待ってたの」



 フッ、と彼女が伏し目がちに笑った。

 何か、自分の気持ちを、ごまかすみたいに。



 「……それから、私は高校生になるまで、『サッちゃん』のような友達が一人も……、出来なかったんだ。 ……私、無意識の内に『壁』を作ってるみたいなの。他人に……、対して。…どこか、自分の心の内側を知られるのが怖かったんだと思う。そういうのって、言葉にしなくても、結構周りに伝わっちゃうみたいで――」


 

 彼女の言葉が、一瞬だけ途切れた。


 僕は口をはさむ事なく、相変わらず何もない『宙』に視線を漂わせている。

 周囲には誰も居なかった。向かいの道路には車一台通らない。

 不知火さんが旋律する、ローテンポでゆったりしたトーンだけが公園に響く。



 「みんなが私に対して、距離を置いている感じがしたの。……壁を無理矢理でも壊してくれる、『サッちゃん』みたいな子は現れなかった。私は、自分から誰かに『友達になってほしい』、なんて言う勇気が無くて、……寂しくはあったんだけど、まぁ、いいや、って――」



 不知火さんが、ふぅ、と一呼吸置き、紺のスカート越しに自身の太ももを寒そうにさすっている。湿ったベンチの感触が、僕たちの身体を芯から冷やしていた。



 「……たくさん、本を読むようになったの、ファンタジーから、恋愛小説、ミステリーまで、とにかく、なんでも…、今考えると、ただの現実逃避だよね、コレって」



 彼女は、再び、伏し目がちに笑った。

 自分自身の事を、嘲るように。



 僕は彼女に対して、なんて言葉を掛けていいのかが、まったく分からなかった。

 

 彼女が語るその想いが、

 『あまりにも、共感できて』。




 「――ねぇ」



 彼女の瞳がこちらを向いた。

 僕も釣られるように彼女の方を見やり、お互いの視線が交錯する。


 不知火さんは、少し離れている僕たちの距離感を、ずずいっ、と詰めるように近づき、僅か数十センチくらいの位置から、僕の『眼』をジッと見つめた。



 …


 …


 …


 ……えっ、近くない?



 薄くグレーがかった彼女の瞳の奥から、緋色の光が一点に光っている。

 熱を帯び始める頬に気づかない振りをして、必死に平静を装う僕を尻目に、不知火さんはなんだか寂しそうな表情を浮かべていた。



 「……水無月君は、もし、『自分では無い、他の誰かになれる』としたら、どうする?」



 ――突然の、問い。


 ふわついていた気持ちに水を差された僕は、たぶん、思いっきり「えっ?」っていう顔をしていたんだと思う。それでも彼女は物哀しそうに口をつぐんで、ひたすらに僕の瞳をジッ、と見つめていた。



 「……わからないな、僕は自分の事がそんなに好きなわけじゃないけど、違う誰かになるのは、なんだか怖い気がする」



 あんまり深く考えずに、思ったことをそのまま口に出した。

 ――嘘はついてないが、通り一遍の回答だなと、我ながら思う。


 不知火さんは僕から目線を外すと、再びまっすぐと『宙』を見つめながら――



 「――私は、『サッちゃん』みたいな子になりたいな。勇気があって、好奇心旺盛で、人に優しくて……」


 そんな事を、言った。

 ――まるで、『自分には何一つ当てはまらない』と言わんばかりに。


 ココには居ない誰かに呼びかけるように、

 物哀しい表情で呟かれた彼女の声が、

 人気の無い公園の落ち葉に埋もれていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る