其の四十六 下投げでキャッチボールをするくらいなら、羽子板をやったほうがマシである

 

 「……お客さん、私たちだけだね」


 「……そう、だね。……不知火さんは、こういう、『喫茶店』みたいなトコ、よく来るの?」


 「うん、お小遣いが足りないから毎日は来られないけど、本を一気に読みたい時とかに……。水無月君は、『喫茶店』って入った事あった?」


 「………うん、一回……、だけだけどね」


 「へぇ、……珍しいね。私たちの年齢でこういう所に来たことある子、居ないと思ってた」


 「……まぁ、たまたまね。僕も一回だけだし」


 

 ――お待たせしましたー、和栗のモンブランと、レアチーズケーキになります――



 「わぁ! 美味しそう……」


 「……ケーキ、好きなの?」


 「うん! あ、でも、ここのお店にはよく来るけど、紅茶以外のメニューを頼んだのは初めてなの」


 「そうなんだ。……まぁ、そんなに安くないしね」


 「うん、だから一回食べてみたかったんだ。……でも、ホントにごちそうしてもらっちゃっていいの……?」


 「うん、まぁ、そういう約束だしね。……っていうか、不知火さんが『奢って』って言ったんじゃない」


 「あ、そうだね。 ……えへへ、じゃあ、お言葉に甘えて――」


 ――パクッ。




 ※




 一口サイズに綺麗に切り分けられた茶色のモンブランが、遠慮がちに開かれた不知火さんの口の中に、ひょい、と運ばれる。

 彼女はもぐもぐと口を動かし、顔を柔らかくしながら、「おいしい」とニコニコ笑っていた。


 ――不知火さんが僕を連れてきたのは、駅から少し離れた大通り沿いにポツンと構えているチェーン系のカフェだった。

 学生がたむろするには雰囲気が落ち着きすぎているせいか、主婦が談笑する時間にはもう遅いからか、サラリーマンがやってくるにはまだ早いのか――

 その店に居るのは、何故だか僕たちだけだった。


 

 ――ぶぉぉぉぉん……――



 流れるように通り過ぎる車の音が、店内へと微かに流れてくる。

 僕は、そこまで好きじゃないけど嫌いってわけでもない、微妙なモチベーションで頼んだレアチーズケーキを三分の一くらいの大きさに切り崩すと、あむっ、と口の中に放り込み、もしゃもしゃと咀嚼した。



 「――なんか、不思議」



 ふいに、不知火さんがポツリと口を開く。



 「いつもは独りでいるこの場所に、他の誰かと居るの、初めてだから」


 「……」


 

 ――なんで、今日僕の事を誘ったの?――



 喉まで出かかったその台詞を、

 口の中でぐちゃぐちゃになったレアチーズケーキと一緒に、ゴクンと呑み込んだ。


 別に、聞いたらまずい質問ってわけでもないんだろうけど、

 ……なんか、直感的に、今聞くのは違う気がした。







 「はぁ~~、美味しかった。……幸せ~~」



 空になった花柄のケーキ皿に銀のフォークを丁寧に置いた不知火さんが、おっとりとした口調で声を漏らす。レアチーズケーキをとっくに食べ終わっていた僕は、肘を杖にして顎を掌に乗せながら、ボーッと窓の外を眺めていた。


 僕が想像していたよりもずっと和やかに、二人の会話はごくごく自然に取り交わされていった。互いが互いに『一定の距離間』を感じながら、スローペースな会話のキャッチボールを、『無難』で、『当たり障りなく』、のそりと続けていた。



 「――ねぇ」



 ふいに、不知火さんが僕に呼びかける。

 僕は、チラッと彼女に目線を移した。



 「……この後、まだ時間ある?」



 彼女は、僕の顔を窺うように、

 グレーがかった瞳を、上目遣いにしながら、

 少しだけ、口元を緩ませた。



 「……うん、ある、けど……」



 ――けど、


 なんとなく、直感的に思った。



 彼女には、たぶん、何か『狙い』がある。

 それに乗って、いいものなのか――



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