其の四十 学校の屋上にある四角い小さな建物は『塔屋』って言うらしい。…Google検索は偉大である。


 晴天――、とは言い難い、ちょっぴり雲が陰っている火曜日の昼下がり。


 クラスの『その他大勢』の一人――、僕こと、『水無月 葵』と、

 クラスの『孤高のマドンナ』――、『如月 千草』は、


 だだっ広い学校の屋上で、四角い小さな建物(『塔屋』っていうらしい)の壁に背を預けながら、並んで座っていた。



 「――痴話げんか……? は、もう終わったのカナ?」



 ――突如、どこからともなく聴こえてくる、

 人をおちょくったような、甲高い少女の声。


 その声の持主は、地声が低めの『如月さん』の声でも、もちろん、僕の声でもない。僕は思わず辺りをきょろきょろと見渡した。


 右を見る…、誰もいない。

 左を見る…、誰もいない。


 ――そりゃそうだ。


 僕は、屋上に最初に入ってきたときに、『周りに誰も居ない』ことを確認していた。

 そして、僕と如月さんが屋上にやってきてから、『誰かがやってきた気配は無い』。


 ……僕たち以外の人間が、この場所に、『居るはずない』んだけど――



 「……ナニ、きょろきょろしてんの? 赤信号でも待ってんの?」



 人をおちょくったような声が、再び降ってくる。

 ――僕たちの、『頭上』から。



 僕は思わず後ろを振り返って、四角い小さな建物――、『塔屋』の上に目を向ける。如月さんも僕と同じ方向に目線を向けていた。

 『塔屋』の上から『ある生徒』が、僕たちを見下ろすように、ひょっこり顔を出している。


 ……うわ……。



 『ある生徒』に見覚えがあった僕は、

 口の中に、苦い味が広がるのを感じた。



 そいつの――、その『女生徒』の、肩よりもやや少し高い位置でくるんと内巻きになっている黒髪が、たゆんだように、跳ねた。



 ――トラブルメーカー、『御子柴 菫』が、

 猫みたいな黒目を大きく見開きながら、小悪魔みたいな笑顔をニヤニヤと浮かべていた。



 「よっ――、っこら、せっ……」



 御子柴は『塔屋』に設置されている登りハシゴを、カンカンと二、三段だけ降りたあと、残りの段をすっとばして、一メートルくらいの高さから地上に一気に飛び降り――


 ――スタっ、と、まるで『猫そのもの』みたいに柔らかく着地した。


 ニヤニヤと不気味な笑顔を崩さないまま、

 袖で隠した掌を口元にあてながら、

 御子柴が僕たちに近づいてくる。



 「……へぇ、誰かと思えば、クラス一の美少女、『如月さん』じゃん、それに君は―――」



 御子柴が袖で隠した掌をこめかりにやりながら、あさっての方向をに目を向けている。



 「――あっ……、思い出した! 『覗き』趣味の『水無月君』だ!」



 ――彼女は、ポフッ、と大袈裟な仕草で手を叩き、ニパァッと子供みたいな(小悪魔みたいな)笑顔を見せた。



 「……『覗き』趣味は余計だよ……、御子柴さんは、こんなところで一人で何をしているの?」



 ――挑発に乗るな。

 『御子柴 菫』のペースに呑まれたらダメだ。


 僕は御子柴が吐いた言われ無き妄言に内心で少しドキッとしながら、顔では冷静さを装い、とにかく『会話を繋いだ』。


 『如月』さんが、ジト――ッ、とした細い目でこっちを見ている。

 ……いや、『覗き』なんてしてないって、『ド天然』だから人の言う事を信じやすいのか?


 「……アタシぃ? アタシはね~~、いつもこの時間は屋上でひなたぼっこしてんの!」



 公園ではしゃぐ幼子のように、御子柴はその場でくるくると回り始めた。

 ――天心爛漫を体現したようなその仕草に僕は全く『可愛げ』を感じる事ができず……、逆に、ゾッと『戦慄』していた。


 僕という『フィルター』が、『過剰に』掛かっているだけかもしれないが、

 僕は、彼女の織りなす一挙一動が、『造られた何か』のように見えて――


 操り人形のような彼女を、同じ、血の通った人間だとはとても思えなかった。



 ――ピタっ、と回転が止まる。ピエロみたいな笑顔を浮かべる御子柴が、僕の瞳を貫きながら、クスクス笑っている。



 「……そんなことよりキミこそ――、『こんな普段誰も来ないような屋上』に、クラス一の美少女『如月さん』を連れ出して……、『覗き』趣味の『水無月君』は何をしているの……?」



 ……だから、覗き趣味は余計だっての。 ……ああ、如月さんまだこっち見てるし。

 

 ――僕は、『あえてつっこまない』という、『ツッコミ』をかまして、御子柴の発言をやりすごす。



 ……さて、どうしようかな。


 『本当の事を言う』ことで彼女の興を削ぐという、前回の作戦は使えない。


 「いや~、僕は実は『青眼族』で、学校にいる誰かもわからない『赤眼族』に命を狙われててさ~」など、真実をペラペラしゃべるわけにはいかない。

 まず信じてもらえないだろうし、『色眼のことは誰にも喋るな』と如月さんに釘を刺されたばかりだ。あらゆる意味で、『本当の事を言う』メリットが無い。



 「……ナニ黙ってんの? ……『他人に言えないコト』でもしてたのォ~~?」


 ――ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ――



 押し黙る僕を見て、御子柴が愉快そうに、不愉快な笑顔を浮かべている。

 ――妙に粘っこい語尾が癇にさわって、僕は少しイライラしてきた。



 まずいな、黙っている時間が長いほど怪しまれる。

 このままだと、『御子柴のペースに呑まれる』。 


 ……どうしたものか――







 「水無月君と一緒に、お昼ご飯を食べていたわ」



 ――孤高のマドンナの一声によって、

 僕たち三人の間を流れていた、生ぬるい空気が、パタリと、止まる。



 「……え、『教室』で食べればいいじゃん、なんでわざわざ屋上に来てるの?」


 

 御子柴が、袖で覆われた掌を口元にやりながら、目をパチクリさせた。

 如月さんは、口元に人差し指をあてて、少し何かを考えるように目線を斜め下に落としている。



 「……水無月君と、『二人っきり』になりたかったから、かしら」



 些細な事を思い出すように、

 『なんてことない』顔をしながら、

 ポツリと呟いた如月さんのその発言によって――


 場の空気と、僕の心臓が、一瞬止まった。



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