其の四十一 VS・萌え袖、再び
――だだっ広い学校の屋上で、『笑えない喜劇』を演じている三人の役者――、
クラスのマドンナ、『如月さん』と、
トラブルメーカー、『御子柴 菫』、
…そして、『マイナス思考に陥ると、世界を崩壊させる』という厄介な運命にみまわれている、僕こと、『水無月 葵』――。
劇の終盤、『如月さん』の一声によって、
場の空気と、僕の心臓が、一瞬止まった。
「……水無月君と、『二人っきり』になりたかったから…、かしら。」
…
…
…
……その言い方だと、『あらぬ誤解を生む』んじゃ……?
「……え、アンタら、付き合ってんの……? さっきの、マジで『痴話げんか』だった……?」
――パチパチパチと、素早く三回の瞬きをしながら、御子柴が猫みたいな黒目を大きく見開いている。
「……付き合っているというのは、『恋人同士』という意味かしら……? そういう意味では、私と『水無月君』は、付き合っていないわ……?」
『何でそんな事を聞くんだ』と言わんばかりに、如月さんがキョトンとした表情で首を斜め四十五度に傾けた。
「……いや、付き合ってもないのに、『屋上で二人でお昼ご飯を食べる』って、フツウ、しないっしょ」
萌え袖を口元に押し当てながら、御子柴が眉を八の字に曲げる。
……なんだろう、『御子柴 菫』がマトモな人間に見える。
――『ド天然』の生み出すパワーは、爆弾娘の破壊力をも上回るのだろうか……。
「……どうして? クラスメートと『屋上でお昼ご飯を二人で食べる』ことが、そんなにおかしいことかしら?」
如月さんが、さっきとは反対側に再び首を斜め四十五度に曲げる。
御子柴は萌え袖をダランと宙へ落とすと、ハァッと呆れたようにタメ息を吐いた。
僕は、確信する。その仕草は、『サイン』だ。
爆弾娘『御子柴 菫』は、
ド天然娘『如月 千草』に、
白旗を上げた。
――終演、
御子柴は『全てに興味を失った』ように、猫のような大きな黒目をスッ、と細くして、
くるりと回り右をしながら、スタスタと『塔屋』の入り口に向かって歩き始めた。
「――あっ。」
――袖で覆った掌でドアノブに手をかけたまさにその瞬間、
御子柴が何かを思い出したように、小さな声をあげる。
色を失った瞳で、口角を少しだけ上げながら、
顔だけ、こちらを向けて――
「――今日、ココに来る前に『校舎裏』に寄ったんだけど、『封鎖』されてたよ……、なんか、木が折れてたり、地面がぐしゃぐしゃになってたり……、まるで、『そこだけ嵐が起こった』みたいだった。 ――なんでだろうねぇ、『水無月君』……?」
そんな台詞を言い捨てて、
バタン、と、扉を閉めた。
――退場。
……えっ?
――なんで、『わざわざそれを僕に伝えた』……?
――ザワザワザワザワザワザワ……
妙な胸騒ぎがする。
――彼女は、『何かを知っている』……?
……いや、考え過ぎか。
校舎裏で『青眼の怪現象』が発生する直前、僕と御子柴はまさにその現場で顔を合わせている。昨日の今日で校舎裏があんな風に荒れていたら、直前までその現場に居た『僕』が何かしらの形で関係していると考えるのがフツウだ。
――それだけの事……。 だよ、なぁ……。
……待てよ。
――彼女は……、『御子柴』は、
僕と如月さんの会話を、『どこまで聞いていた』んだ――?
――痴話げんか……? は、もう終わったのカナ?――
御子柴が放った最初の台詞を、脳内リピートさせる。
……ダメだ、『この発言』じゃ、僕たちの『会話の内容』が彼女に聞こえていたのかわからない。 …実際『痴話げんか』していたわけじゃないが、細かい会話の内容まで聞いていなくても、揉めているような雰囲気になっているかどうかは遠目からでも判断が付く。
――キーン、コーン、カーン、コーン…
――果たして、
御子柴は、僕たちの『雰囲気』を察してあんな事を言ったのか。
それとも……、『会話の内容』を聞いたうえで、『スッとぼけていた』のか……。
「―づき君。」
……クソっ、会話を聞いていたかどうか本人に確認していればよかった。
――いや、無駄か…、御子柴がボロを出すとは思えない。本当に聞いていたとしても、シラを切るに決まっている。
「――なづき君。」
――むしろ、会話が聞こえていたか『確認する』ことによって、『聞いてほしくない会話をしていた』事が吐露してしまわなくてよかったのかも――
「水無月君!」
「だうひゃあ!!」
――視界が、現実世界にぐいっと引き戻された。
目に飛び込んで来たのは、無表情なジト目で僕の事を軽く睨んでいる如月さん。
「――チャイムが鳴ったわ……、そろそろ教室に戻りましょう」
「……えっ? あ、ああ、うん……、ゴメン」
僕はあたふたしながら、混乱した脳でなんとか会話を紡ぐ。
思考を完全に中断された僕は、そそくさと塔屋に設置されている錆付いたドアへと歩みを進めた。
――ギィィーーッ……
錆付いたドアをゆっくりと引き開けながら、僕はふいに、背後に立つ如月さんの方に振り向いた。
「――あ、如月さん、さっきはありがとう」
如月さんが、不思議そうな顔で、首を斜め四十五度に傾げた。
その顔には、ゴシック体の太いフォント文字で「なんのこと?」と書かれている。
「……いや、御子柴――、…さんと喋った時、うまく、『誤魔化してくれた』じゃない。……あのまま、グイグイ色々聞かれてたら、『色眼』の事喋っちゃいそうで……、やばかったから………」
僕は、なるべく申し訳なさ『そう』に見える表情を如月さんに向けた。
彼女は、「ああ」と、小さく呟くと、『なんてことない』表情で、僕を見つめる。
「……別に、私は、本当の事を言っただけよ……」
――ふいに、風が吹いて、
如月さんの、狐のしっぽみたいにきれいな黒髪が、流れるようにそよぐ。
彼女は、右手を少しだけあげて、目にかかりそうな前髪を耳の後ろに掻き分けると、
バカみたいな顔でボウっとしている僕を見つめて――
クスッと無邪気に、少しだけ笑った。
――水無月君と、『二人っきり』になりたかったから……、かしら――
脳内で、リピート再生される、
機械のようなトーンの、如月さんの『声』。
僕は、彼女の言う『本当の事』って言葉の意味を、
そのまま受け取れるほどの、度胸なんか無くて、
――バカみたいなマヌケ面をさらしたまま、
サラサラとなびく彼女の髪に、ただ、見惚れていた。
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