其の三十九 『女の勘は鋭い』んじゃなくて、たぶんエスパーなだけ。
――鳥居先生の眼が開かれることは……、もう、一生無いわ――
彼女はきっと、自責の念に駆られている。
自らの行動によって、一人の『人生を終わらせてしまった』ことに対して。
――その相手が、殺意を持って他者を攻撃する存在だったとしても。
――『青眼』の僕を守るためだったとしても。
その『業』を、女子高生が一人で背負うのは、
普通に考えて、『重い』。
…
――沈黙が、暫く続いた。
いわゆる、『重苦しい空気』が流れている、っていう感覚。
コミュニケーション能力が、著しく低い僕でもわかる。
―――彼女に、何か言わなければ、ならない。
「…………ごめんね」
僕の口から、弱々しい声が絞り出される。
ぐるぐると巡る頭の中で、ポツンと滴が垂れるように、
喉の奥に落ちてきた言葉は『ソレ』だった。
――その『業』を、背負うことになった原因が『僕』にあるからか――
――その『業』を、思い起こさせてしまったことに対してなのか――
自分でも、わからなかった。
如月さんは目線を地面に落としながら、黙って僕の声を聞いていた。
「……仕方のないことよ。これも――」
機械のようなトーンで、
自分自身に言い聞かせるように、
彼女は言葉を紡ぐ。
「――『色眼族』の、『使命』だから……」
…
……僕が、想像していたよりもずっと、『色眼族』という種族は……、
なんていうか……、『重い運命』……、みたいなのを背負っているんじゃないだろうか。
絶対的に抗えない、使命という名の『呪縛』。
それを誰にも共有できない『寂しさ』。
――緑眼の使命の元に…、あなたの事は、私が全力で守るわ――
……如月さんが――、『色眼族』が使う、『使命』という言葉の意味を、
僕は、本当に理解できているのだろうか――
「時に、水無月君」
「………ぇっ…? ハイ!?」
――ふいに名前を呼ばれて、僕はなぜか敬語で返事をする。
先ほどまでの陰鬱な顔はどこへやら、如月さんはいつものクールな無表情を取り戻していた。
「そんなわけだから、『水無月君が青眼である』ことを鳥居先生に 伝えた『ある生徒』というのは、『色眼族』…、おそらく、『赤眼』である可能性が高いわ」
「……へっ?」
……そんな、わけ……?
――ああ、そうか。
――一瞬、何のことを言っているのか分からなかったが、
少し考えることで、如月さんの言っている『そんなわけ』が腑に落ちる。
『色眼族』は、自分達の存在を隠している。
――つまり、『普通の人間』は、基本的には『色眼族』の存在を知り得ない。
――よって、『僕が青眼族である事』を知っていたある生徒が、『普通の人間』であるはずがない。
――さらに、鳥居先生に情報を流した『黒幕』が『青眼族』や『緑眼族』なら、僕の命が危険になるような行動をとるはずがない。
。
イコール、『黒幕』は『赤眼』。
……という、論法だ。
――黒幕が『赤眼』なら、なんで直接僕に攻撃しないのか、という謎は残るが――
とりあえず、『烏丸』=『黒幕』というセンは更に薄くなった。
奴が知っているのは、『僕がマイナス思考に陥ると、僕の周りに怪現象が起こり、僕の眼が真っ青になる』という、『僕がヘンテコな特殊体質である』という事実だけだ。
『色眼族』やら『使命』やら、『細かい事情』を知り得ない烏丸が、『鳥居先生が赤眼族であること』を見抜き、『先生に、僕が青眼族であるということをリークする』なんていう発想になるわけがない。そんな事をしても、烏丸には一ミリの得もない。
――もし、仮に……、『烏丸』が『色眼族』だった場合――
奴が『青眼族』なら、仲間意識を持って僕に接するだろう。その事実を僕に伝えるはずだ。
奴が『緑眼族』なら、『如月さん』のように、僕を守ると宣言するはずだ。
奴が『赤眼族』なら……、たぶん僕は、とっくの昔に『烏丸に殺されている』。
……うん、大丈夫。筋は通っている。
『烏丸』は『色眼族』じゃない。普通の人間だ。
――なんとなく、嘘を吐いてしまった罪悪感が少しだけ薄れた気がした。……ほとほと小心だな、僕は。
「……改めて聞くけど、……本当に、誰にも言ってないのよね、あなたの『青眼』の事」
――ドキっッ!!
……なんだ、なんなんだ、この『勘の鋭さ』は。
――『女の勘は鋭い』なんてよく聞くけど、これはもはや『エスパー』の領域だ。僕が少しでも自分の吐いた『嘘』について考えただけで、見透かすように細い針で僕の心臓をチクリと突いてくる。
一度は解除された彼女の『ジト目』が、再び僕の両目を貫く。
「…………言ってないよ」
焦点の合わない目で、僕は絞り出すように声を出す。
「…………なら、いいけど」
一段低いトーンで、
……およそ納得のいっていない声色で、
彼女は短く、投げやりに返事を返した。
……今後一切、どんなことがあっても、如月さんに、嘘を吐くのは止めよう。
――一人、強い意思で誓いを立てたその瞬間――
「――痴話げんか……? は、もう終わったのカナ?」
何処からともなく、
『声』が降ってきた。
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