-第二幕-
其の三十八 一石は、二鳥くらいにとどめておいた方がいい
「時に、水無月君」
――― 白飯とから揚げを一気に胃の中にかき込み、必死に胸をトントンと叩いている僕…、『水無月 葵』の窒息しそうな姿なんて全く気にしない様子で、並んで隣に座る『如月 千草』が口火を切った。
「『鳥居先生』が、あなたの事を『青眼族』だと知っていたことに関して――、何か、心当たりはあるかしら?」
……そうだった。
僕たちが人目の付かない校舎の屋上にやってきた理由は、優雅なランチタイムを一緒に過ごすためではない。(全然優雅じゃなかったけど)
本題は、僕の命を狙っているらしい『黒幕』に対抗するための……、僕が、『平穏な学園生活』を取り戻すための――
――『命を懸けた戦い』への、『作戦会議』だ。
「……鳥居先生、気になることを言っていたんだ」
こぼすように言いやった僕の発言に、如月さんは無表情ながら食い入るような目線を向けてきた。その目に急かされるように、僕は言葉をつづける。
「僕が……、『青眼』だってことは、『ある生徒』から聞いた……、って」
僕の発言を受けて、何やら考えこんでいるような表情をする如月さんの目線が、宙に漂う。
――やもすると、目線だけチラリとこちらに向けた彼女が無機質に口を開いた。
「……水無月君、一応確認なのだけど、あなた……、自分の『眼』の事を、『誰にも喋っていない』わよね?」
――ドキッ……
『誰にも喋っていない』と言えば、嘘になる。
一人だけ……、この世に『一人だけ』、僕の秘密を打ち明けた人物が居た。
――『烏丸 京』
『ウンコマン』だった僕の過去を知っている、中学時代からの唯一の『友達』。
情は厚いが、とにかく生気が無い、ゾンビ寸前の変わった奴。
普段はお互いを詮索するような『深い』話は全くしないが、僕の眼がおどろおどろしい『青眼』に変化した『あの日』だけは、僕は、自分の思いのたけを烏丸にぶちまけた。
烏丸は、僕の言葉を全て受け入れてくれた。
――そして、その後も交友関係はずっと続いているが、『青眼』について再び話したことは、一度もない。
……今更になって、『烏丸』が僕の事を陥れるような画策を立てるだろうか。
何を考えているのか全くわからない……、
というか『何も考えてなさそう』に見える――
能面のような奴の表情が、脳裏によぎった。
たぶん、『烏丸』は『黒幕』の対象から外していい。
おそらく、ここで僕が烏丸の事を如月さんに話したところで、情報の『ノイズ』にしかならない。
そう判断した僕は――
「……うん、僕の『青眼』の事は、誰にも話してないよ」
そう、返事をした。
「…………そう」
謎の間があいて、
如月さんは、
聞こえるか聞こえないか、
ギリギリの声量で、僕に返事をした。
淡白な彼女の黒目が、猟犬のように僕の両眼を貫いている。
……えっ、もしかして、『嘘吐いている』って、バレてる?
如月さんは、ジトッとした目つきで僕の事をまじまじと見つめた後、
――ふいに、視線を外した。
「……ちなみにだけど、『色眼族』には掟があって、『色眼族』は、普通の人間――、『黒眼』の人間に、決して『色眼の存在』を明かしてはいけない事になっているの」
「――えッ!?」
思わず大声をあげてしまった僕に向かって、
再び猟犬のような彼女の両眼が僕に突き刺さる。
……しまった。
「……お、掟を破ってしまった『色眼族』は、どうなるの……?」
僕はしどろもどろになりながらも、何かを取り繕う様に質問を被せる。
僕の事を品定めするように見やる如月さんが、いつもよりさらに一段低いトーンで、ぶっきらぼうに口を開いた。
「……『閉眼の札』によって、その『眼』を封印されるわ」
……閉眼の…、札――
――そうだ、そういえば忘れていた。
体育倉庫で如月さんがおもむろに取り出し、暴れ狂う『鳥居先生』の動きを一瞬で止め、意識を失わせたあの『謎のアイテム』――
『閉眼の札』と呼ばれる代物について、僕はまだ何も聞かされていなかった。
「そ、そうだ、その……、『閉眼の札』って、体育館で鳥居先生に向けて張り付けた白い紙の事だよね……? 閉眼の札を貼られた『色眼族』……、鳥居先生はどうなったの?」
棚からぼたもち。ひょうたんから駒。二本目のガリガリ君。
……最後のは違うか。
僕のウソをごまかすために咄嗟に出た質問だったが、『色眼族』について僕が知っておくべき重要な情報を、たまたま思い出す事ができた。
如月さんは、ジトーーッ、とした目を解除することなく、相変わずドスの効いたトーンでボソボソと返事をくれた。
「……『閉眼の札』を貼られた『色眼族』は、二度と眼の色が変化しなくなって、不思議な能力も使用できなくなるわ」
……なるほど。まさに『閉眼』……って、ちょっと待てよ――
「――『閉眼の札』って、僕の『青眼』に使うこともできるの?」
僕の質問に、如月さんはジトーーッ、とした目をようやく解除し、今度はキョトンとした顔でこっちを見た。
――僕を苦しめているのは、紛れも無く、僕が持つ厄介な『青眼』だ。
『青眼』さえなくなれば、マイナス思考と世界がリンクして『厄災』をこの世に振りまくなんて、不可解な怪現象の発生を止めることができる。もちろん、『赤眼』が僕を殺す理由も無くなるし、僕は無事に『平穏な学園生活』を取り戻す事ができる。
一石三鳥なナイスアイディアだと思ったのだが、なぜか如月さんの表情は明るくない。
「……出来るけど、あまり、オススメはしないわ」
伏し目がちな如月さんの表情を見て、僕は「どうして?」と、如月さんに回答を促す。彼女は押し黙り、僕の方を見ずに目線を宙ぶらりんに浮かせていた。
……えっ、何かまずい事聞いちゃったのかな……。
――しばらくして、意を決したように、如月さんが口を開く。
「……『閉眼の札』を使用された『色眼族』は、一切の『光』を失うわ。『視力』を失い、思考能力が著しく低下し、……言ってしまえば、『植物人間』みたいになってしまうの」
……うわぁ。
――それは、やだな。
――ん? ……ってことは。
「――もしかして、『鳥居先生』……」
彼女の表情に、『陰り』が見えた理由が、ようやくわかった。
「ええ、『鳥居先生』の眼が開かれることは……、もう、『一生無いわ』――」
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