其の二十六 『キレた若者』と報道される前に、若者はたまにキレておいた方がいい


 ――グルグルグルグルグルグルグルグル――


 眼が回る。

 頭が回る。

 脳が回る。


 ――なにが、なにが起こったか、『わからない』。

 状況に、頭の整理が追いつかない。

 

 


 ――ムクっ、と『鳥居先生』が立ち上がるのが見える。


 コツコツコツと、不気味な足音を体育館に響かせながら、

 ゆっくりゆっくり、横たわる彼女に近づいていく。


 『鳥居先生』は、舐めまわすように横たわっている彼女を見やりながら、周囲をしばらく歩き回った。



 ――コツコツコツコツコツコツコツコツ――


 僕は、体育館に響く不愉快な足音を、ただ聞いた。



 遠くで倒れている如月さんの背中に、

 一本の『カッターナイフ』が突き刺さっているのが、

 ふと、目に入った。



 ――さっき見た光景が、フラッシュバックする。

 鳥居先生は、本日用いた『武器』を総動員させていた。


 ――一つとして、余すことなく……



 木を隠すなら森、『凶器』を隠すなら『狂気』――

 


 ……そっか――


 ――全部、カモフラージュだったのか。



 如月さんに向かって飛んでいった、『無数のバスケットボール』も、『バラバラになった跳び箱のパーツ』も、『体育館の天井に設置してあった照明器具』も――

 怒りを爆発させたような、『咆哮』も――


 一本の鋭利な『殺意』を包み隠すための、フェイク。







 「――ってぇんだよ。」


 

 ――鳥居先生が、一人で何かをブツブツ言っている。

 ぐるぐると彼女の周囲を歩き回りながら、

 ブツブツとお経みたいに、何かをしきり呟いている。


 急に、その足が止まる。

 ちょうど、僕に背を向ける形になって、

 鳥居先生の表情が見えなくなる。



 ――次に聞こえてきたのは、愚劣な金切り声だった。



 「――ウザッッッッッてぇぇんだよ!! あ~~~~~!!! 手間取らせやがってよぉぉぉ!! よくも俺を『二回』も突き飛ばしてくれたよなぁぁぁぁ!! 骨折れてたらどうすんだよぉぉぉぉ!! 『緑眼』だかなんだか、知らねぇがよぉぉぉ!! ガキのくせによぉぉ!! 教師の!! 俺の邪魔してくれてんじゃねぇぇぇよぉぉぉぉ!! てめぇも『青眼』のガキと一緒によぉぉぉ!! ブッッッッ殺シテやるからよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



 体育館中に、鳥居先生の『発狂』が響き渡る。

 誇張表現でもなんでもなく、『地面が揺れていた』。


 先生の叫び声に呼応するかのように、地面にちらばっていた『壊れた照明器具』のガラスの破片が集まり始める。

 ――ちょうど、床でうつぶせに倒れている如月さんの真上に。



 「てめぇみたいなガキはよぉぉぉ!! 『突き刺して』『切り刻んで』『コナゴナ』にしてやるからよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



 気づけば、集まった『ガラスの破片』は『一本の巨大な刃』に変貌しており、

 『死刑台のギロチン』みたいに、如月さんの真上でフワフワと浮遊していた。







 ……やばい、


 ……ヤバイヤバイヤバイヤバイ――



 ――どう、すればいい。




 ……なにを……?






 なにか、しなきゃいけないのはわかっている。

 なにをすればいいのか、具体的にわからない。

 

 身体が動かない。

 頭が働かない。

 

 得体のしれないものを見た時の、『近づきたくないな』という気持ち。

 目を背けたくなる現実を突き付けられた時の、『逃げたい』と思う気持ち。

 期待していた何かとまったく逆の出来事が起こった時の、『裏切られた』と思う気持ち――



 『マイナス思考』が、

 如月さんの白いシャツについた赤い染みみたいに、

 ジワジワと、僕の心に広がっていく。



 ――何かに逃げるように、全てを忘れるように、思わず僕は眼を閉じた。


 『青眼』の僕が、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


 ――ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ――


 

 …


 …




 ……コイツ、なにが面白くて『笑ってる』んだろう――



 

 今日一日の僕を、ふと、振り返る。


 須磨に、理不尽に殴られ、

 鳥居先生に、理由もわからず襲われ、

 御子柴 菫にコケにされ、

 神代に助けられ、

 如月さんに、小脇に抱えられ――


 みんな、僕の意思なんて、まるでないみたいに、『好き勝手』な事をしている。




 ……なんか、ムカついてきた。


 僕は、『誰にも迷惑をかけない』代わりに、『誰にも迷惑をかけられたくない』という、誰にもプラスにはならないけど、誰にもマイナスにはならない、いたって平和で、小さい望みをかなえたいだけだ。


 ……それなのに、どいつもこいつも――



 「……勝手な事、してくれるよな――」



 自分にも聞こえるか聞こえないかくらいの声で、

 そんな台詞が、吐かれた。



 僕の中で、何かが『切れた』。


 「どうなったったいいや」と思った。

 『場を荒らしてやりたくなった』。


 とにかく、『僕が』何かすることによって、

 誰かを、ギャフンと言わせてやる――







 身体が勝手に動く。


 くるりと、後ろに振り返った僕は『体育倉庫』の中に戻った。

 フロアから差し込む光を頼りに、キョロキョロと周囲を見渡し――


 『真っ赤』にそびえる、『先っちょの尖ったソイツ』を発見した。

 僕はゆっくりと腰を屈め、『ソイツ』を両手で抱えあげる。


 フンッ、と武者震いするかのように鼻息を鳴らした僕は、

 『聖剣』を携える勇者の如く、

 戦いの舞台へと、再び躍り出た。



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