其の二十伍 荒野で向き合う全てのガンマンに告ぐ―、 さっさと撃てばいいのに
だだっ広い体育館に、ポツンと立つ一人の教師と、一人の女子生徒。
――荒野で向き合うガンマンのように――
彼と彼女は、大体5メートルくらい離れた距離からにらみ合い、お互いの出方を伺っていた。
教師の周囲にフワフワと浮かんでいるのは、『バスケットボール』と、『バラバラになった跳び箱のパーツ』と、『体育館の天井に設置してあった照明器具』――
『鳥居先生』は、本日用いた『武器』を総動員させていた。
相対する女生徒――、『如月 千草』は、おもむろにスカートのポケットから薄っぺらい『何か』を取り出す。
僕は、はるか遠く体育倉庫の陰から目を細め、『ソレ』が何かを想像する。
……なんだ、白い、封筒…? いや、違うな……。
彼女が手に持っているのは、手のひらよりやや大きめのサイズで形どられた、長方形の白い紙だった。そういえばさっき、如月さんの口から『閉眼の札』とかいう単語を耳にした気がする。
……閉眼……。『眼』?――
鳥居先生が、周囲の物を自由自在に操る『超能力』のような力を使い始めたのは、先生の『眼』が赤く変化してからだ。
僕の周りで怪現象が起こるのは、決まって僕の『眼』が青く染まっている時だ。
如月さんが、忍者のように凄いスピードで移動したり、ドアを鍵ごと蹴り破るような芸当が出来るのは、たぶん、彼女の持つ緑色の『眼』が関係している。
僕が今まで目の当たりにしていた不可思議な超常現象の数々が、『色のある瞳』を持つ、『僕たちのような一部の人間』特有の能力だということは、勘の鈍い僕でもさすがに気づき始めていた。
そして、彼女が取り出した白い紙…、『閉眼の札』と彼女が呼んだソレは――
僕たちのような、『色のある瞳を持つ人間』の能力を、封じ込める事ができる代物なんじゃなかろうか――
「――キサラギぃぃ……」
口を開いたのは、鳥居先生だった。
『もうウンザリ』と言った様子で、溜まった息を吐き出しながら、こぼすように声を出す。
「……先生なぁ、三十超えてんだよ……。いい加減、疲れてきたわ……」
鳥居先生は、片っぽの手を相変わらずポケットに突っ込みながら、もう片方の手で頭をボリボリと掻く。
その手を再びポケットに突っ込みチンピラのようなポーズに直ると、ぐぐっと前のめりになって、その顔を地面に落とした。
「――いい加減……、 くたばって、くんねぇかなぁぁぁぁ!」
苛立ちを、身体の外へ放出するように、
屈みこんでいた身体をぐっと後ろにのけぞらせ、
ポケットから出した両手を大きく広げながら、
鳥居先生が吠えた。
――その声に呼応するかのように、
先生の周囲に浮かんでいた、『バスケットボール』、『バラバラになった跳び箱のパーツ』、『体育館の天井に設置してあった照明器具』――
それらすべてが、
如月さんに向かって、
猛スピードで飛んでいく。
如月さんは、鳥居先生の咆哮に合わせるかのように身を低くすると、
――まっすぐ、駆けだす。
――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!
『バスケットボール』が、『バラバラになった跳び箱のパーツ』が、『体育館の天井に設置してあった照明器具』が、一斉に如月さんを襲う。
――果たして、彼女の猛進は止まらない。
向かってくる『バスケットボール』を片腕で弾きながら、
その身を少し横にそらすことで、『跳び箱のパーツ』を間髪躱しながら、
飛んでくる『照明器具』を、低い体勢でやり過ごしながら、
確実に、鳥居先生との距離を縮める。
――その差、3メートル、2メートル、1メートル、数十センチ、そして――
鳥居先生の目の前まで迫った彼女は、ピッと急停止し、
空手の達人のような所作で右手をスッと引くと、
勢いよく掌を突き出し、鳥居先生のみぞおちに『掌底』をくらわす。
――ドンッッ!!!
鳥居先生が再び、数メートルほどふっとばされた。
……今度こそ、死んだんじゃなかろうか。
一人の大人の男性の身体が、跳ねるように、転がるように、地面にたたきつけられる。鳥居先生の身体が、再びピクピクと痙攣し始めた。
如月さんは突き出していた掌をスッ、と降ろし、
前方に踏み込んでいた右足を引くと、
一仕事終えた大人の女性のような所作で、前髪を後ろに流した。
……やっ、た……!!
一瞬で繰り広げられた攻防を見届けた僕の全身から、ドっと『空気』が流れ出る。
どうやらしばらく呼吸するのを忘れてしまっていたらしい。強張っていた肩から、力が抜ける。
緊張で、靴下と足の裏が張り付いてしまうくらいに汗がにじみ出ていた。
――ねぎらいと、お礼と、質問と――
僕が彼女にしなければならないことは、たくさんあった。
へなへなとその場にへたりこみたい気持ちをグッとこらえ、僕は両足にハッパをかけた。
とにかく彼女の所へ行こうと、僕は体育倉庫の扉をくぐり、体育館ホールに佇む彼女の元へと歩みを進め――
数歩進んだところで、その足がピタっと止まる。
僕の目に飛び込んで来た光景。
如月さんの背中から、
じんわりと『赤い染み』が広がっている。
――ジワジワジワジワジワジワジワジワ――
――刑事ドラマかなんかでよくみる、殉職シーンみたいに、
如月さんは、僕に背を向けながら、
狐のしっぽみたいに艶やかな黒い髪をフワッと揺らし、
ゆっくりと、前のめりに倒れた。
……ドサッ――
……えっ――
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