-終幕-
其の二十三 〇〇の使命の元に
だだっ広い、体育館という舞台にポツンと存在する、三人の役者。
舞台の隅っこで、情けないへっぴり腰のまま口をあんぐりと開けている僕、こと『水無月 葵』。
その少し前方――、凛とした姿で姿勢正しく直立する、孤高のマドンナ『如月 千草』。
如月さんから、さらに2、3メートルほど離れた位置で両手をポケットに突っ込んで佇んでいる、およそ教師らしく見えない態度の『鳥居先生』。
地面に転がるは、
無数のバスケットボール、
バラバラになった跳び箱のパーツ。
今、この瞬間に、第四の登場人物が現れたとしたら、
彼――、または彼女は、たぶんこう言うだろう。
――どういう状況?――
「――キサラギィィ、お前、早退したんじゃなかったのかぁぁぁぁ……?」
相変わらず狂気じみたテンションの鳥居先生が、如月さんの突然の登場にも、彼女の『緑眼』にも、一切の驚きを見せることなく不気味な唸り声をあげる。
「すみません。昼休みに制服がびしょびしょになってしまったので、着替えに戻っていたら、授業が終わってしまっていました」
対する如月さんも、明らかにイっちゃった目をしている鳥居先生を毅然とした態度で見つめながら、冷静に問いを返す。
「そうかぁ……、先生なぁ……、『ミナヅキ』にちょっと用事があるんだなぁ……、そこ、どいてくれないか? キサラギぃぃ…………」
ポケットに両手を突っ込んだままの鳥居先生が、左右に首を動かし、コキ、コキ、と無骨な音を鳴らした。
――なんだか、クラスの不良代表『須磨』なんかよりよっぽどチンピラ振りが様になっている。
「出来ません。『緑眼』の使命の元に、『赤眼族』のあなたを水無月君に近づけるわけにはいきません」
……出た。『使命』――
如月さんの口から『使命』という単語を聞くのは、これで二回目だ。
鳥居先生も似たような事を言っていた気がする。
――まぁ、『ソレ』について聞いてみるのは、『今の状況を乗り切ってから』じゃないと難しそうだけど。
「――笑っちまうよなぁ、キサラギ……」
それまで、サイコな雰囲気で僕を威圧してきた鳥居先生の雰囲気が……、
――ふいに『落ち着く』。
アウトローな空気感はそのままだが、無駄に語尾を伸す喋り方を止め、ひょうひょうとした『いつもの鳥居先生の喋り方』に戻ったようだ。
「あーーーんな狭い……、『学校のクラス』っていう一つの空間に、『色眼族』が三人も居たんだぜ?」
「……」
先生の呟きに如月さんは特に反応することも無く、無表情のまま、まっすぐその『緑色の瞳』を先生へぶつけている。
… …色眼族――
――また、『耳慣れない言葉』が登場した。
が、いちいち気にしていてもしょうがないので、僕は引き続き鳥居先生の『語り』に、ただ耳を傾ける。
「……『緑眼族』――、お前らをどうこうするつもりは、『直接的には』無いが――」
先生は、徐に上着の内ポケットに手を忍ばせ――
「――『赤眼』の使命の邪魔をするなら、『青眼』と一緒に、消えてもらうぜッ!」
――取り出した『何か』を、
ヒュッ、と如月さんに向かって、
『投げつける』。
……カッターナイフ…!?
ポケットから刃物って、ブラック・ジャックかよ!
――刹那、如月さんが高校球児を応援するチアガールさながらに、自身の右足を目の前に大きく振り上げる。
――カァンッ!
固い音が響く。
彼女は、飛んできたカッターナイフが自身の身体に突き刺さる前に、『ソレ』を超スピードで『蹴り上げる』ことで危機を回避した。
――んだと、思う。肉眼じゃよくわからなかった。
……どういう反射神経してんだ。
如月さんのはるか頭上高く、
空中でくるくると回転するカッターナイフが、
――ピタっと、静止する。
「――危ないッ!」
僕の口から、思わず声が出る。
蹴り上げられたカッターナイフが、如月さんのはるか頭上より、
『彼女に向かって急降下』していた。
――ザシュッ!
急降下したカッターナイフはその勢いを誇示するかのように、
ぐっさりと、体育館の床に深く刺さり込んだ。
――果たして、如月さんは無事だった。
彼女は、僕があげた声に瞬間的に反応し、機敏な跳躍によって落下するカッターナイフを華麗にかわしていた。
そして、その勢いのまま鳥居先生に向かって猛スピードで駆けより―
――ダッ……。
……えっ?
一瞬。
『一瞬』だった。
僕が、「如月さんが走りはじめた」と思ったその時には、
彼女は、鳥居先生の目の前に到達していた。
「――ヌッ……!?」
それまで余裕をぶちかまし続けてた鳥居先生だったが、流石に混乱の色を隠せていない。
――そりゃあそうだ。『目の前で人が瞬間移動した』んだから。
如月さんは、くるりと全身を半回転させると、
目の前の鳥居先生に背を向け、
華奢な『左足』をゆらりと上げ―
――フォンッ!
高い位置――、ちょうど、鳥居先生の『頭』があるあたりで、その『左足』を、一回転させる。
「――ッ!!」
紺のスカートがヒラリと翻り、
彼女の『靴のカカト』が、鳥居先生の頭にクリーンヒットする。
鳥居先生は、
声なき声をあげながら、
とんでもない勢いで数メートルほど吹っ飛ばされた。
――ダァァンッ!
そして、落下。鳥居先生は全身をしたたかに打ち付けた。
……死んだんじゃなかろうか。
鳥居先生の身体がピクピクと痙攣しているのが、遠目からでもギリギリ確認できる。すんでのところで一命をとりとめたようだ。
如月さんは、バレリーナのようにスッと華麗に姿勢を戻すと、吹っ飛ばされた鳥居先生にも聞こえるように、やや声を張りながら口を開く。
「……水無月君から手を引いてください。これ以上続けるのであれば、『緑眼』の使命の元に、『閉眼の札』を使用し、貴方の『眼』を封印します」
……『閉眼の札』……? また、わからないワードが出てきた。
っていうか、さっき如月さん『回し蹴り』したよね。『瞬間移動』っぽいことも…。
―――この子、何者なんだ?
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