其の二十一 ビックリ人間は、テレビで人気者になれる。 〇〇さえ無ければ


 『生』を求める僕の本能が、砕けた腰を超高速で接骨する。

 火事場の力はなんとやら、僕はビーチ・フラッグ日本代表も真っ青の反射神経を発揮して立ち上がると、すぐ脇に位置してあった入り口扉のドアノブへと手を掛けた。



 ……開けッッ!



 ――ガチャガチャッ!



 ……って開かない!?



 ドアノブは回し切っている。

 一応確認だが、僕が開けようとしているのは使用中のトイレの扉でもない。



 ……なんで、……なんで開かない!?



 ―――ドスドスドスッ!!


 ガチャガチャとドアノブをこねくり回していた僕の動きが、一瞬で止まった。

 


 ――ツーっ、と頬に液体が垂れるのを感じる。


 

 何かが凄いスピードで僕に向かって飛んできて、

 頬をかすって、肌を切り裂き、ドアに刺さった。


 そこまでは理解が追い付いた。

 チラッと、視界の端に映った『ソレ』を確認する。




 ……か、カッターナイフ……?


 

 ――まさか、『鳥居先生』は教師の仮面をかぶったダーツのチャンピオンだったというのだろうか。僕はドアノブに手をかけたまま、思わずくるっと身体を半回転させて後方を確認する



 ――目を丸くした。


 ポケットに両手をつっこんだまま、二つの赤眼をぎょろぎょろと動かしている鳥居先生が、ニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべている。


 

 ――いや、『丸くした目』の先に映るはその周囲。



 ハサミ、ボールペン、コンパス、出刃包丁、彫刻刀――


 

 ――先の尖った形状をしているあらゆる物体が、

 鳥居先生の周りを『フワフワと浮いていた』。


 ――「なんでそんなものが体育教官室にあるんだ」というツッコミは、一旦端に置こう。



 「……手間どらせんなよ、ミナヅキィィィィ……、手のかかる生徒はキライなんだヨォォォォッ!」



 ――ッ!!



 浮遊していたあらゆる『凶器』が、

 一直線に僕の顔面へ『飛んでくる』。



 ――ドスドスドスッ!!



 ――間髪、しゃがみ込んだ僕の髪の毛を、『凶器』のうちのどれかがかすった。

 数本の髪の毛が、パラパラと僕の視界に流れる。


 『鳥居先生』はダーツのチャンピオンではなかった。

 テレビに出れば一躍有名人になれるビックリ人間だという事は分かった。

 ――殺意さえなければ。


 混乱した頭の中で、自分の身が限りなく死に近づいているのを実感した。

 


 ……もう、ダメかな。

 そんな台詞を、心の中で、独り、ごちた。



 不思議と恐怖は無かった。


 満員電車に身をゆだねるように、

 僕は肩の力を抜いて、

 自らの瞼をそっと閉じた。

 






  ――して。イメージ、して――



 ……そういや、如月さんと、放課後会うって、約束してたんだっけ……。




 このまま死んだら、わからないことが、『全部わからないまま』おしまい、ってことになる。


 ――なんで僕は『マイナス思考』に囚われると周囲に『怪現象』が発生するのか。

 ――なんで僕の眼は時折真っ青な『青眼』になるのか。

 ――なんで如月さんは、『僕が殺される』事を事前に察知していたのか。

 ――なんで鳥居先生は僕を殺そうとしているのか。



 ―――さっきまで、『死んでもいいや』と思っていた僕が、なんで今『死にたくない』と思い始めたのか。


 なにもわからないまま終わるのは、なんだか嫌だった。



 『彼女』に会えば、全てがわかる。そんな気が、なんとなくしていた。

 ……それに、『約束を破るのはよくない』って、道徳の授業で習ったしね。






 本能が僕の全神経に号令をかけ、脳がフル回転を始める。

 しゃがみ込んだままの僕はカメレオンの如くキョロキョロと周囲に目を光らせた。


 ――目に入ったのは、床に転がっている『炊飯器』。



 僕はとりあえず『考える事』を止め、『炊飯器』を両手で掴むと立ち上がり……


 「――『正当防衛』、ですからねッ!!」


 

 鳥居先生に投げつけた。




 ――バチコーーーンッ!!



 「……ぐわっ!?」



 ――果たして、『クリーンヒット』。



 後ろに無様に吹っ飛ぶ鳥居先生に背を向けて、僕はドアノブに手を掛け――



 ……って、このドア『開かない』んだった!


 ――ガチャッ!


 ……あれ!? 開いた!




 思い切りドアを引き開けた僕は、

 だだっ広い体育館へと勢いよく飛び出した。



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