-第四幕-
其の十四 一抹の希望は、所詮一抹でしかない
「―――よぉ、逃げずによく来たな。」
目の前のヒグマ――、いや大猿――、違う違う、『
須磨の手が僕の肩をガッチリつかんだまま、骨と骨の間に指を突き刺すようにギュウッと握りこまれる。
……痛ッ――
――苦痛で、顔が思わず歪む。
純粋な身体の痛みは、瞬間的に恐怖の感情を呼び起こす。
『
……クソっ、御子柴に時間を取られてしまったことで、『有効な脳内シミュレーション』が何も出来ていない――、……まぁ、時間があった所で、何も浮かばなかっただろうけど――
――とにかく、須磨と、対話を――
「――す、須磨ッ!」
肩をギリギリと掴まれたまま、僕は精一杯のかすれ声を出した。
――ピタっ、と、力が緩まれるのを感じる。
……あれっ?
――チラッ、と須磨の方に目を向ける。
須磨の口は閉じられ、
下品な笑い顔でもなく、
赤鬼のような怒りの形相でもなく、
まるで証明写真を撮る時のような、無表情の須磨の顔がそこにあった。
「……なんだ?」
――そして、一言、そう呟く。
……話を、聞く気がある?
「――須磨ッ! 聞いてくれッ!」
『痛み』から解放されたことにより冷静さを取り戻した僕は、声を爆発させるように一気にまくしたてた。
「君のスマホを盗ったのは、僕じゃない! ……ホントだ、ホントなんだ! なんでか理由はわからないけど、体育の授業から戻ってきたら、君のスマホが僕の机の中に入ってたんだ!」
叫び終わった僕は、フッ、と須磨の顔を見る。
先ほどと変わらぬ能面のような顔の大男が、目の前で呆けたように突っ立っている。
「……そうか。」
――そして、一言、そう呟く。
……えっ?
――納得………、した?
――案外、時間が経ったことで須磨の方が僕のことなんてどうでもよくなり、何事もなかったかのようにいつもの日常が戻ってくるんじゃないか――
先ほど廊下を歩きながら、
能天気によぎった、
『一抹の希望』を、思い出した瞬間――
――僕は、須磨の太い腕で、みぞおちを思いっきり殴られた。
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