其の十三 VS・萌え袖


 「――御子柴さん、タバコの事は先生に黙っててあげるから、ちょっとこの場から離れてくれないか?」


 ――まずはストレートに、僕は『要望』を彼女に伝えた。


 彼女はキョトンとした表情で首を傾げている。言葉の通じない外国の子供に向かって喋りかけている気持ちになった。



 「……? 君、なんでアタシの名前知ってるワケ?」



 ……キョトン顔の理由はそれか。

 僕の『その他大勢』のポジショニングがうますぎた。半年間同じクラスだった生徒の顔をフツウ忘れるか……?



 「――僕は、同じクラスの水無月だよ。水無月、葵」


 「……みなづき………、ミナヅキィ……? う~~ん、いたような、いないような、いたような、いないような――」



 彼女は同じ言葉を繰り返しながら、掌を半分ほど覆った袖を口に押し当てその場をくるくる回り始めた

 ――残念だが彼女の不思議ちゃんダンスを眺めている暇は僕には無い。僕は無表情のまま言葉をつづけた。


 「……いるんだよ。嘘だと思うなら教室に戻って出席簿でも見てみなよ………。っていうか、次の授業で同じ教室なんだから、普通にその時にわかるって。とりあえず、ここから離れてくれないかな」


 ―――ピタっ、と、彼女の回転が止まる。


 しばらく同じ表情と変な体勢のまま固まっていた彼女だが、

 ニヤリ――、と恐ろしく不気味な笑顔を浮かべて、小さく口を開く。



 「――なんで?」




 ――まずい。


 直感的にそう思った。

 このままだと、『彼女にペースを掴まれる』。



 「……なんでって、なにがだよ」



 彼女は変な体勢を辞めてスッと直立すると、萌え袖を口に押し当てながら、前かがみの姿勢でニヤニヤとこちらに近づいてきた。


 「こんな『普段誰も来ないような校舎裏』で、『水無月君』は一人で何をしようとしているの? 女子更衣室でも覗くの?」


 「――ッ! そんなわけないだろ……、いいから、ここから離れてくれよ」


 「…え~、どうしようかなぁ、もう一服しておこうかな~~~」



 ……ヤバいな。彼女、『面白がっている』。


 ――クラスメートたちが慌てふためく中、独りだけニヤニヤとその状況を面白がっている彼女の顔が、目の前の彼女の顔と、重なる。


 ……なんとか、彼女の興味を『削がない』と――。




 ……ん?




 ――『御子柴 菫』は、なんで今、こんなに『楽しそう』なんだ?


 顔も覚えていなかったクラスメートの『僕』に興味があるとは到底思えない。

 では、僕が校舎裏に居る事情を執拗に聞いてくる理由は?



 相変わらず、邪気たっぷりの無邪気な笑顔を浮かべる彼女を眺めながら、僕はふと思いついたある『仮説』を試すことにした。




 「……須磨に、呼び出されたんだ」


 僕が一言そう漏らすと、彼女の笑顔がピタっと止まる。

 猫のような大きな黒目を見開きながら、八の字眉が作られた。


 「……『須磨』って、あの……、大猿みたいな奴? 何、君何かやったの?」


 高いコンクリートの壁の向こうから、ぶぉぉぉぉんと自動車が走る音が過ぎ去る。僕は無表情のまま言葉を紡ぐ。



 「……三限目の体育が終わったあと、須磨が自分のスマホが無いって教室で大騒ぎしてたんだ。…で、手下その一…、いや、藤原がスマホを鳴らしたんだけど、何故か僕の机の中から着信音が聞こえて――」


 一度、言葉を区切る。彼女の顔を見やる。

 彼女は八の字眉のまま固まっている。




 ……仮説は……、当たってそうだな。



 淀みなく、淡々と、呟くような声で、僕は言葉を繋げる。


 「……もちろん、僕が盗ったわけじゃない、まぁ、そんな事信じてもらえるわけなく、その場は神代が収めてくれたんだけど、後で校舎裏に来いって、呼び出されたんだ。……だから、僕は、今ここにいる」



 一気にしゃべって少し疲れた僕は、フッと短く息を吐いた。


 彼女は、何を考えているのかわからない小動物のような表情でしばらく僕の目をじっと見つめていたが、やがて少し僕から距離を置いて、再びくるくる回りはじめた。



 「……ふーーーーーーーーん」



 彼女は伸ばし棒を息が続くまで伸ばすと、

 長い発声を止め、

 両腕を頭の後ろに回し――、




 「……なにそれ、つまんなっ――」


 漏らすようにそう言い、

 色を失った細い目で、僕を一瞥した。




 彼女はきっと、『自分の行いによって』人が困惑する様を見るのが、愉しくて仕方がないんだろう。



 他人が掘った落とし穴に落ちた人を見ても、悪戯好きの小学生は満足を得られない。

 犯人もトリックも明かされた状態で、密室殺人ミステリーは楽しめない。


 ――御子柴 菫の質問にあたふたする僕はもう居ない。

 『タネを明かしてしまったから』。



 彼女の興を削ぐ事に、僕は成功した。




 御子柴はくるりと回れを右をすると、パタンと頭の後ろで組んでいた両腕を落とした。

 その後、一言も発することなく、生え散らかした雑草をかったるそうな足取りでザシザシ踏み歩いて、校舎の脇へと消える。




 ……ふぅ、一難去っ――



 ――ガッ、とふいに肩を強い力で掴まれた感触、それに鋭い痛みを感じる。

 身体が強制的に後ろへ向き直され、眼前に立ちはだかるは――


 ヒグマ、もとい、『須磨 剛毅』だった。



 ……また、一難……、か――



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