-第三幕-

其の十一 脳内シミュレーションって、大体思い通りにならないからやらない方がいい


 ――水無月、続きは昼休みだ。…校舎裏に来い、逃げんじゃねぇぞ――


 クラスの不良代表『須磨 剛毅』に呼び出されて、重苦しい気分で力なく廊下を歩いている僕、こと『水無月 葵』。

 僕は、ちょっと先の未来の自分の姿について『脳内シミュレーション』をする事にした。最悪の状況だが、なるべく『最善の最悪』を選びたい。ある程度何が起こるかを想定しておくことで、幾分か恐怖を軽減することが出来る。


 ――『青眼』を隠し通すと決めた僕が『マイナス思考』に陥らないために編み出した、哀しき自衛手段だ。


 目を開けたまま、ロボットのように手足だけ動かす。

 同時に、校舎裏で須磨と相対している僕を、『脳内』で作り上げる――







 イメージの中の僕が、校舎裏で一人立っている。

 須磨と、取り巻きの藤原、難波、通称三バカがやってくる。


 須磨が口を開く。「お前、なんで俺のスマホを盗ったんだ」と、

 僕は答える。「盗ったのは僕じゃない、あの時は咄嗟に謝ってしまったけど、本当に僕じゃないんだ」

 須磨が口を開く。「なんだ、そうだったのか。俺の勘違いか。ごめんな、今度うまい棒でも奢ってやるよ、じゃあな」

 三バカがその場を立ち去る、僕はホッと胸を撫で下ろして教室に戻る――







 ……いやいや。都合よすぎるだろ。なんだうまい棒って。やり直しやり直し――







 須磨が口を開く。「お前、なんで俺のスマホを盗ったんだ」と、

 僕は答える。「盗ったのは僕じゃない、あの時は咄嗟に謝ってしまったけど、本当に僕じゃないんだ」

 須磨が口を開く。「うるせぇ、そんな事信用できるか。ぶっ殺す」

 須磨が腕を振り上げる。僕は殴られる。三バカにボコボコにされる。

 打ちのめされた僕を見て、須磨が言う。「てめぇ、明日から毎日俺らのサンドバッグな」

 ゲラゲラと笑いながら、三バカがその場から退場する――







 ……いやいや。『最悪の中の最悪』じゃないか。僕のミッションは『平穏な学園生活を取り戻す』ことだったはずだ。奴らとの関係は今日限り完全にシャットアウトしたい。『奴らが僕に興味を無くす方向』に、話を進めなくては、やり直しやり直し――







 須磨が口を開く。「お前、なんで俺のスマホを盗ったんだ」と、

 僕は答える。「盗ったのは僕じゃない、あの時は咄嗟に謝ってしまったけど、本当に僕じゃないんだ」

 須磨が口を開く。「うるせぇ、そんな事信用できるか。ぶっ殺す」

 僕は咄嗟に声をあげる。「僕の親父、やくざなんだ。しかも組長」

 須磨が動揺する。「な、なんだと。てめぇ、嘘吐くんじゃねぇよ」

 僕はさらに続ける。「嘘じゃない、ちなみに兄貴はボクシングの世界チャンピオンで、母さんはCIAの特殊工作員だ」

 須磨がさらに動揺する。「な、なんだと。そいつはやべぇ、お前みたいなのに関わってられるか、あばよ」

 三バカがその場を立ち去る、僕はホッと胸を撫で下ろして教室に戻る――







 ……うーん。


 ――苦しいよなぁ。まず、間違いなく、確実に、『CIAの特殊工作員』を信じてもらえるわけがない。やり直しやり直し――――







 ――十七回目の脳内シミュレーションが失敗した時点で、僕は目の前の風景が変わっている事に気づく。

 そう、目的地である校舎裏にたどり着いてしまったのだ。


 やばい、まともなシミュレーションができていない。このままでは『毎日サンドバッグ・ルート』が濃厚だ。ギリギリまで他の受け答えを考えないと――



 ……ん?



 ――ツン、と『異臭』が鼻を刺激し、僕の思考が一時的に遮断された。

 なんの臭いだろうと僕は鼻に神経を集中させた。



 ……何かを焦がしたような…、タバコ……?



 須磨が先に着いていて、タバコでも吸って待っているのだろうか。それにしても辺りには誰の姿も見えない。 


 ――それもそうだ。


 ベンチも無ければ景観も良くない。須磨が呼び出し場所に校舎裏を指定したのは、ソコが『普段誰も立ち入らない場所』だからだ。

 こんな時間にこんな所にいる奴は、『他人に見られるとまずい』事情を抱えている生徒…、校内カップルか、ヤンキーか、ヤンキーに呼び出された哀れな僕、くらいしか思いつかない。


 僕はきょろきょろと辺りを見渡しながら静かに歩みを進め、『異臭』の発生源を探る。


 ――ふと、草の茂みの陰から何かがチラッと見えるのに気づく。


 剥き出しの膝小僧とスカート。

 紺のソックス。

 それに革靴。



 ……女子……、かな?


 茂みの向こうで、『女子生徒が足を抱え込んで座っている』体勢を想像しながら、僕は真意を確認しようと茂みの奥を覗き見ることにした。




 ――そして、『やらかす』。




 ――バキッ!!


 「――ッ!」

 「――ッ!!」



 地面に落ちている小枝を見事に踏み折った。


 僕は「しまった」というマヌケ面のまま一歩も動けなくなった。『小枝を折った音』は向こうにも聞こえただろう。正体不明の女子生徒が発する緊張感がこちらにも伝わってくる。



 ……どうしよう。いや、でも僕は何も後ろめたいことはしてないし。堂々としていればいいのか……。


 そんな考えが脳裏をよぎるが、不思議と硬直を解く事ができない。なんとなく、相手の姿を覗き見ようとした恰好になってしまったことが、罪悪感となって僕の身体を縛っている気がする。



 数分の間、お互いの牽制が続き――


 ――しびれを切らしたのは『向こうの方』で、草場の陰からひょっこり顔を出した。


 

 「……ッ!」


 

 現れたその女子生徒の『顔』を確認した僕は、

 今度は『別の意味で凍り付いた』。



 ……なんで、よりによって、『君』なんだ。



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