-第三幕-
其の十一 脳内シミュレーションって、大体思い通りにならないからやらない方がいい
――水無月、続きは昼休みだ。…校舎裏に来い、逃げんじゃねぇぞ――
クラスの不良代表『須磨 剛毅』に呼び出されて、重苦しい気分で力なく廊下を歩いている僕、こと『水無月 葵』。
僕は、ちょっと先の未来の自分の姿について『脳内シミュレーション』をする事にした。最悪の状況だが、なるべく『最善の最悪』を選びたい。ある程度何が起こるかを想定しておくことで、幾分か恐怖を軽減することが出来る。
――『青眼』を隠し通すと決めた僕が『マイナス思考』に陥らないために編み出した、哀しき自衛手段だ。
目を開けたまま、ロボットのように手足だけ動かす。
同時に、校舎裏で須磨と相対している僕を、『脳内』で作り上げる――
※
イメージの中の僕が、校舎裏で一人立っている。
須磨と、取り巻きの藤原、難波、通称三バカがやってくる。
須磨が口を開く。「お前、なんで俺のスマホを盗ったんだ」と、
僕は答える。「盗ったのは僕じゃない、あの時は咄嗟に謝ってしまったけど、本当に僕じゃないんだ」
須磨が口を開く。「なんだ、そうだったのか。俺の勘違いか。ごめんな、今度うまい棒でも奢ってやるよ、じゃあな」
三バカがその場を立ち去る、僕はホッと胸を撫で下ろして教室に戻る――
※
……いやいや。都合よすぎるだろ。なんだうまい棒って。やり直しやり直し――
※
須磨が口を開く。「お前、なんで俺のスマホを盗ったんだ」と、
僕は答える。「盗ったのは僕じゃない、あの時は咄嗟に謝ってしまったけど、本当に僕じゃないんだ」
須磨が口を開く。「うるせぇ、そんな事信用できるか。ぶっ殺す」
須磨が腕を振り上げる。僕は殴られる。三バカにボコボコにされる。
打ちのめされた僕を見て、須磨が言う。「てめぇ、明日から毎日俺らのサンドバッグな」
ゲラゲラと笑いながら、三バカがその場から退場する――
※
……いやいや。『最悪の中の最悪』じゃないか。僕のミッションは『平穏な学園生活を取り戻す』ことだったはずだ。奴らとの関係は今日限り完全にシャットアウトしたい。『奴らが僕に興味を無くす方向』に、話を進めなくては、やり直しやり直し――
※
須磨が口を開く。「お前、なんで俺のスマホを盗ったんだ」と、
僕は答える。「盗ったのは僕じゃない、あの時は咄嗟に謝ってしまったけど、本当に僕じゃないんだ」
須磨が口を開く。「うるせぇ、そんな事信用できるか。ぶっ殺す」
僕は咄嗟に声をあげる。「僕の親父、やくざなんだ。しかも組長」
須磨が動揺する。「な、なんだと。てめぇ、嘘吐くんじゃねぇよ」
僕はさらに続ける。「嘘じゃない、ちなみに兄貴はボクシングの世界チャンピオンで、母さんはCIAの特殊工作員だ」
須磨がさらに動揺する。「な、なんだと。そいつはやべぇ、お前みたいなのに関わってられるか、あばよ」
三バカがその場を立ち去る、僕はホッと胸を撫で下ろして教室に戻る――
※
……うーん。
――苦しいよなぁ。まず、間違いなく、確実に、『CIAの特殊工作員』を信じてもらえるわけがない。やり直しやり直し――――
※
――十七回目の脳内シミュレーションが失敗した時点で、僕は目の前の風景が変わっている事に気づく。
そう、目的地である校舎裏にたどり着いてしまったのだ。
やばい、まともなシミュレーションができていない。このままでは『毎日サンドバッグ・ルート』が濃厚だ。ギリギリまで他の受け答えを考えないと――
……ん?
――ツン、と『異臭』が鼻を刺激し、僕の思考が一時的に遮断された。
なんの臭いだろうと僕は鼻に神経を集中させた。
……何かを焦がしたような…、タバコ……?
須磨が先に着いていて、タバコでも吸って待っているのだろうか。それにしても辺りには誰の姿も見えない。
――それもそうだ。
ベンチも無ければ景観も良くない。須磨が呼び出し場所に校舎裏を指定したのは、ソコが『普段誰も立ち入らない場所』だからだ。
こんな時間にこんな所にいる奴は、『他人に見られるとまずい』事情を抱えている生徒…、校内カップルか、ヤンキーか、ヤンキーに呼び出された哀れな僕、くらいしか思いつかない。
僕はきょろきょろと辺りを見渡しながら静かに歩みを進め、『異臭』の発生源を探る。
――ふと、草の茂みの陰から何かがチラッと見えるのに気づく。
剥き出しの膝小僧とスカート。
紺のソックス。
それに革靴。
……女子……、かな?
茂みの向こうで、『女子生徒が足を抱え込んで座っている』体勢を想像しながら、僕は真意を確認しようと茂みの奥を覗き見ることにした。
――そして、『やらかす』。
――バキッ!!
「――ッ!」
「――ッ!!」
地面に落ちている小枝を見事に踏み折った。
僕は「しまった」というマヌケ面のまま一歩も動けなくなった。『小枝を折った音』は向こうにも聞こえただろう。正体不明の女子生徒が発する緊張感がこちらにも伝わってくる。
……どうしよう。いや、でも僕は何も後ろめたいことはしてないし。堂々としていればいいのか……。
そんな考えが脳裏をよぎるが、不思議と硬直を解く事ができない。なんとなく、相手の姿を覗き見ようとした恰好になってしまったことが、罪悪感となって僕の身体を縛っている気がする。
数分の間、お互いの牽制が続き――
――しびれを切らしたのは『向こうの方』で、草場の陰からひょっこり顔を出した。
「……ッ!」
現れたその女子生徒の『顔』を確認した僕は、
今度は『別の意味で凍り付いた』。
……なんで、よりによって、『君』なんだ。
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