其の九 ヤンキーというのは、他の人種に比べて圧倒的に〇〇というものを気にする


 「――水無月ぃ……、てめぇ、どういうつもりだ…………?」



 地面を揺らさんばかりの、低い『がなり声』が教室に響く。

 


 恐怖の感情はいったん『置き去り』にした。

 頭の中に湧き出る、圧倒的な『疑問』を脳内で処理できなかったからだ。


 ……どういう、つもり――

 え、『どういうつもり』も、くそも…、え、なんで――



 ――『須磨』の無くしたスマホが、なんで『僕の机の中』から出てきた?




 ――バァァァァァァンッ!!



 衝撃音が耳に飛び込む。僕の身体がびくっ、と少し跳ねる。

 目と耳が、ぐいっと現実に引き戻された。


 ――眼前で、鬼気迫る表情の須磨が僕をギロリと睨みつけている。視界の端にチラリと見えるクラスメート達が、「何事か」と遠巻きに僕らに目線を向けていた。


 須磨の両掌が僕の机の両端を押さえている。先ほどの轟音は、奴が僕の机を思いっきり叩いた時の衝撃音だったようだ。『混乱』が徐々に『焦り』に変わっていった僕は、手に持っていた『スマホ』を慌てて須磨に差し出した。


 「あ……、ゴメン――」



 条件反射で『謝罪』が喉から勝手に飛び出す。


 ……しまった――



 「謝る」という行為は、「罪を認める」と同義だ。

 もちろん、僕は『須磨』の『スマホ』を盗ってなんかいない。

 ……ちなみにダジャレを言ったつもりもない。



 須磨は僕の手から『スマホ』を乱暴にひったくると、前かがみにしていた姿勢を正し、座っている僕を見下ろす形で相変わらず睨みつけている。


 気づけば教室中は静まり返り、教室内にいる全ての生徒が、僕と須磨のやり取りを静観していた。男子よりも着替えに時間のかかる女子たちもちらほら戻ってきた。教室に入るなり『異様な空気』を敏感に察し、僕たちを横目で眺めながらヒソヒソと小声で何かを話しているようだった。



 ……やばい、めちゃめちゃ注目されている。

 

 ――『その他大勢』のポジションを失ってしまう。『不良のスマホを盗んだ陰気な男子学生』が、『平穏な学園生活』を送れるわけがない。


 いやだ……、なんとか、なんとかしないと――



「――質問に答えろ、水無月、てめぇ、どういうつもりだ」


 須磨が、僕を威嚇するように、再び声を出す。


 ヤンキーというのは、他の人種に比べて圧倒的に『メンツ』というものを気にする――、僕の孤独な中学校時代の人間観察によって得た知識の一つだ。

 僕みたいなスクールカースト下位の人間にコケにされたと判断したからには、ヤンキーである須磨は『メンツ』にかけて僕への追及を緩めるわけにはいかない。

 ――須磨のそんな思惑が彼の眼光からありありと透け見える。




 ―――さて、今更改めて言う事でもないが……、

 僕は今、『大ピンチ』だ。



 目下の僕の取るべき行動は、須磨の「どういうつもりだ」という質問に答えることだが……、どういうつもりというか、『僕にもわけがわからない』。


 僕がおふざけで彼のスマホを隠していたのだとしたら、「ゴメン、冗談だったんだ」と謝るのが筋だろう。(そんなルートをたどってしまえば、バッドエンド一直線だけど)


 ――僕は『須磨』の『スマホ』を盗っていない。

 ……しつこいがダジャレを言っているつもりはない。


 事実をそのまま伝えるのであれば、「僕にもわからないが、君のスマホが僕の机の中に入っていた」という回答になるのだろうが、須磨が納得する答えとは思えない。「そんなわけないだろ」と一蹴されてしまうのは目に見えている。


 質問に答えなければならない。だが、正答は無い。

 『答えは沈黙』――、で、道筋が開かれるわけでもない。



 だから、僕は今、大ピンチだ。




 「――答えろって言ってんだろッ! あぁッッ!!?」



 無言を貫く僕に対して、須磨の方がしびれを切らした。

 僕は彼の、自分よりも倍の大きさがありそうな太い腕によって襟首をつかまれ、身体をぐいっと持ち上げられる。



 「――ッ!」



 声なき声がでる。

 全身がぶらぶらと宙に揺れる。

 思わず顔が歪む。


 刑事ドラマとかで人が襟首をつかまれているシーンをよく見るが、どの役者さんも手を離されたあとに、ゴホゴホと咳をしながら自分の喉を手で押さえている姿が印象に残る。


 ――その理由が今初めてわかった。『襟首をつかまれる』という行為は、想像しているよりも遥かに『苦しい』。

 ぎゅうっと喉仏が押しつぶされることによって、胃の中のものが一気に逆流してくる感覚に襲われる。少しでも喉を使おうとすると、おえっ、と身体が拒否反応を示す。声を出すことはおろか、呼吸もままならない。


 僕は足をジタバタと動かしながら、ただ顔をゆがめている。こんな状況になってしまっては『答えるものも答えられない』。



 ――詰んだ。



 呼吸と発声の手段を奪われた僕は、思考する意味すら見出せなくなり、ひたすらに『状況』を受け入れる。須磨が襟首をつかみながら耳元でなにやら怒声を浴びせているような気もするが、もはや彼の声を『意味を持つ音』として処理する気は失せていた。


 ――ただ、早く終わってほしい。この時間が流れ過ぎ去ってほしい。



 ……ついさっきまで、うまくやれてたのになぁ、『平穏な学園生活』――


 ボーッとする頭で、

 僕は『マイナス思考』に囚われないよう、意識を現実からなるべく遠のかせた。







 「――須磨! なにやってんだ!!」




 ―――ふと、


 須磨でもない、

 もちろん僕でもない、

 第三者の『声』が耳に飛び込んだ。



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