【1ツ眼】~青眼ノ危難~

-序幕-

其の五 史上最大にスケールの小さな僕の計画


 空が青い。


 厳しい残暑が過ぎ去り、涼しげな秋風が袖の中に入り込む。

 身体の表面を薄く撫でられているような感触に、僕は思わず目を細める。



 ……秋は、良いなぁ――


 僕は秋が好きだった。寒くなければ暑くもない、花粉も飛んでない、一年で最も過ごしやすい季節だ。レジャー全盛の『夏』が一番好き、という人もいれば、クリスマスやお正月が訪れる『冬』を推す人もいるだろうが、そういった類のイベントに無関係な僕にとって、季節の変化は気候の変化以外の何物でもなかった。


 高校生になって半年、僕は今のところ自分の『人生の目標』に向かって着実に歩みを進めていた。



 誰にも迷惑をかけず、

 誰からも迷惑を掛けられることも無く、

 ただ、『平穏』に過ごす。


 一学期は平和そのものだった。僕が通っている高校は、いわゆる『不良校』でもなければ、頭の良い人たちが通う『進学校』でもない。クラスメートの一部には、多少ツッパった身なりをしている者も居るが、特にこちらからコンタクトを取らなければ自分に被害が及ぶことは無かった。


 高校生活が始まって一か月もすると、似通った者たちがグループを為し、共に行動するコミュニティが固定化されてくる。僕は『どこのコミュニティともそこそこに付き合う』という立ち振る舞いにより、クラスメートとの『微妙な距離感』を意図的に作り上げた。


 本当は、すべてのコミュニティと断絶して、ひっそりと独りで過ごしたかったのだが、孤独で居る事により『いじめのターゲット』にでもなってしまったら、『平穏に過ごす』という人生の目標から大きくずれてしまう。


 ――孤立しているわけではない、かといって、大きく目立つ存在でもない――


 僕は『クラス』という歪な社会空間の中で、『最も目立たない存在』――、いわゆる『その他大勢』になることを目指した。



 ――果たして、僕の計画はうまくいった。


 クラスで何か事件が起これば、遠巻きにそれを眺めて関心のある『振り』をする。十人以上で何か一つの話題について話している時はさりげなく混じり、逆に三人以下で会話をすることは極力避けた。


 また、『目立っている生徒』には、極力近づかないようにした。『目立つ人物』というのは、ある意味それだけで多勢の恨みを買いやすい。小学校・中学校とどのグループにも属さず、遠巻きに人間観察をしてきた僕の経験論だ。


 僕のつつましい(?)努力は身を結び、見事クラスの中で『その他大勢の中の一人』っぽいポジションを獲得した。このままいけば、卒業まで無事に平々凡々な高校生ライフを満喫できることだろう。



 ――あ、目の前にもう一人。

 僕と同じくらいのレベルで『その他大勢の中の一人』っぽい奴の後ろ姿を発見する。


 登校中の僕は足早にそいつに駆け寄り、ポン、と肩をたたいた。



 「よう、烏丸からすま。おはよう」


 「……お、なんだ水無月か、おはよう」


 「なんだってことはないだろ。かわいい女の子が声を掛けてくることでも期待したの?」


 「そんなわけないだろ。ハーレム系のライトノベルじゃあるまいし」


 特別におもしろいわけでもなく、かといってハズしているわけでもない、絶妙に微妙な烏丸のツッコミに、僕はハハッ、と社交辞令っぽく笑う。


 ――烏丸とは偶然にも同じ高校に通う事になった。……二人とも、『家が近いから徒歩で通える』という理由で選んだ高校だったから、偶然と言っていいのかわからないけど。


 烏丸も、もしかしたら僕と同じく『大きな目標も持たず、ただ人生をやり過ごす』という『史上最大にスケールの小さい計画』を若くして 打ち立てた同志なのかもしれない。

 『ウンコマン』だった僕を見捨てなかった事に関しては感謝しているが、付き合いが長いわりにこいつの考えていることはイマイチわからない。



 ……まぁ、『互いに互いを深堀するような話』を僕らがしないからなんだけど――


 僕らは適当に談笑しながら学校へ向かい、いつものように革靴を上靴に履き替え、いつものように階段を上り、いつものように教室のドアを開けて中に入る。


 ……どうか、どうか今日も平穏無事に過ごせますように――



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