其の三 『スクールカースト』―、マウントの取り合いは自我が芽生えた瞬間から始まっている


 ――修学旅行で『ウンコを漏らす』という珍事件を起こした小学生がどうなるか……。僕は開かない扉のドアノブを掴んだまま、ちょっと先の未来を『リアル』に想像した。



  『――えっ!? 葵君……、『漏らした』…の? うわぁ……、引くわ』

  『――おいおい、幾つだよお前……。もしかして、普段は「オシメ」してるんじゃねぇの?』

  『――サイテー、金輪際、私の半径5メートル以内に近づかないでね』


 

 白い歯をニッと見せながら、いつも笑っている伊達君も、

 クールで大人びている、前髪がサラサラな日向君も、

 声を聴く度に胸がドキドキする、ツインテールがよく似合う最上さんも、


 ――もう僕と、『喋ってくれない』かもしれない。



 僕は、「ようやく出来た友達を失う事」が心底怖かったんだ。




 絶望が、全身を駆け巡った。

 パニックに陥り、全身から汗が噴き出した。

 狼狽し、思考が停止した。



 ――このあとどうなったかについては、事実だけを述べようと思う。




 まずは、トイレに設置してあった『窓ガラス』が、突然『割れた』。

 目の前にある扉の、『ドアノブ』が吹き飛んだ。

 『山小屋』全体が、ミシミシと音を立てて、静かに揺れ始めた。


 怖くなった僕は思わず、山小屋から飛び出した。


 ――飛び出した瞬間、『山小屋』は大きな音を立てて倒壊した。


 

 ポカン、と、その惨状を目の当たりにしている僕のパンツの中については……、あえて説明する必要もないだろう。


 ちなみに、トイレの扉は立て付けが悪かっただけらしく、中には誰も居なかった。







 独り寂しい小学校ライフが再び始まった。


 最初の頃こそ、僕の失態はまだ『冗談の類』で済まされるのではないかとにわかに期待しており、何気なく修学旅行で仲良くなったクラスメートのグループにしれっと混ざってみたりもした。


 ――そこはかくも残酷な『スクールカースト』が全てを定める『学校』という名の『階級社会』。

 僕が侵したミスへのペナルティは、僕を『人外』のレッテルを貼る事で、速やかに施行された。


 少し近づけば『臭い』。

 口を開けば『臭い』。

 教室の扉を開ければ『臭い』。



 ――人生がRPGゲームだったらいいのに――


 僕は毎日本気でそんな事を考えていた。

 どんなに目の前が真っ暗になったところで、見知らぬ神父に「情けないねぇ」と一言呆れられるだけで人生に『リセット』をかける事が出来る。


 僕はもともと友達付き合いがうまい方ではない。『いじり』や『いじめ』に対する耐性が著しく低いのだ。僕とて、『人外』のレッテルを貼られてなお、クラスメートと友人関係を続けようとは思わない。


 僕は小学校を卒業するまで、『クラスメートと友達になる』事を諦め、その後の学園生活は貝のように口をつぐみ、海の底で静かに息をするようにひっそりと日常をやり過ごした。







 ――さて、最初の問いに戻ろう。

 『ポルターガイスト』という言葉を耳にしたことは無いだろうか。

 

 ……または、『実際に体験したこと』は?


 

 僕は、『ある』。

 というか、数え切れないレベルで、いっぱいある。


 『怪奇! 山小屋倒壊ウンコブリブリ事件』を皮切りに、僕の人生で『フツウでは考えられない出来事』が起こりまくった。



 例えば、小学校六年生の夏――、

 歩きながら食べていたソフトクリームを誤って落としてしまった時、

 『近くに生えていた木が一瞬で枯れた 』。


 例えば、中学校一年生の秋――、

 返却された数学のテストの点数欄に「2点」と書かれていたのを目の当たりにした時、

 『クラス中の答案用紙が全部燃えた 』。


 例えば、中学校三年生の冬――、

 二匹のドーベルマンに町中追い回された時、

 うちの地域だけ『土砂降りの雨が降った』。



 もはや、『ポルターガイスト現象』という言葉で括れるレベルではないかもしれないが、とにかく僕の身の回りに『怪現象』が起こりまくった。


 最初は原因不明でただ混乱していた僕だったが、さすがに『怪現象』との付き合いが長くなってくると、発生時に『共通点』があることを発見したんだ。




 ――『怪現象』が発生するのは、決まって僕が『マイナスの思考』に囚われている時だった。

 


 恐怖、恐れ、不安

 悲嘆、悲しみ、哀愁


 ――または、それらを複合した『絶望』を感じた時、

 『怪現象』は、決まって起きた。




 『共通点』に気づいたのは、燃え散る答案用紙の花びらに騒然とする教室内をボーッと眺めている、中学一年生の秋だった。



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