プロローグB

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 2020年7月末、米国は北朝鮮によるICBMが米国本土に着弾したことを確認したと発表。そして同日の昼には、米国国防総省が、その傘下の国家地球空間情報局と国家偵察局が共同で、発射場におけるその直前の会談音声を大型超超高高度宇宙ドローンに装着した超指向性マイクなどのイミントを用いて入手したとの報告があがってきたとし、会談音声には、国防総省がかねてよりマーキングしていた中露高官の音声データも含まれていると述べた。これを承けてロシアの北朝鮮への技術提供、ならびに中国の資金提供は中露政権それぞれ、中枢による「公式」なものであるとの見方を示した。米国大統領は攻撃をおこなった北朝鮮に対して、そして明言は避けたもののミサイル発射に関与した中露に対して、報復行動に出る意思があることを示し、議会には戦争宣言を出すように求めたと発表した。

 北及び中露はこの米国見解に対して沈黙。後日、米国大統領は沈黙に対し「沈黙は否定ではない」とのさらなる見解を発表。かねてより、中東諸国での代理戦争が激化していた米露の関係は急速に悪化し、米国の東アジア戦略における極東の軍事的重要度は、かつての冷戦以来再上昇した。

 これらの国際情勢の急変は日本国内で憲法改正の国民投票により、改憲案が賛成されてわずか一日後のことであったが、この改憲賛成は世論が政権与党の在日米軍完全撤退、及び米国とのその水面下の合意を暗黙に示唆したうえでの結果だった。だが、かかる情勢の急変はこれらの極東国民に対する期待を完全に反故にするものであった。日本の憲法改正に対し沈黙を貫いてきた米国は、ここに至って大統領のTWITTER上の「完全撤退という水面下での合意など存在しない」という投稿をもって声明とし、政権与党は「情勢急変のため、当分の駐留はやむなし。ただし、合意はあった」とメディアに発表した。これらの在日米軍完全撤退の白紙撤回は米国によるちゃぶ台返しなのか、そもそも合意が存在するというのが政権与党の方便だったのか定かではないが、いずれにしても憲法改正後、すなわち自衛隊の国防軍化後も米国軍の駐留は続くことになったのである。

 このような推移に対し、国民投票の結果により沈静化するかに見えた沖縄での基地闘争は再び瞬間熾烈を極めることになる。そして、この推移による過激な左派の急伸が沖縄ナショナリズムの兆しさえ見せ始め、沖縄対米国・日本政府の構図をそのままならうようなかたちで、本土国民の間でも、事態急変のためやむなしとする見方と政権与党と米国に対し不信感をあらわにし、米軍の駐留の継続は、新憲法に対する裏切りであるとする国民同士の対立が再生産される。

 この対立はまた日米同盟を重視する体制側と中露の宥和を主張する革新派との間における冷戦期における対立の再来であった。ただしここで再現されている対立は、イズムによるイデオロギー対立ではなく、歴史上の惰性と意固地さであった。

 政権は賛成された新憲法に基づき、国防軍関連法案及び日米安全保障条約を整備する一方で、国民投票前より都心を狙った爆弾闘争を始めとする特攻的テロリズムへの取り締まりをますます強化する。対する絶滅の危機に瀕していた国内極左グループの残存勢力は沖縄に再び凝集し武力闘争を開始する。国内左派穏健派に至っても情勢急変、そして国民投票は「なんらかの」米国と日本政府による圧力のもと行われたとする「なんらかの圧力論」の二つを根拠に、憲法改正の30日の間での国民投票無効運動の展開として、国民投票無効の東京高裁に対する起訴を目指す。

 さらに全国から結集した極左グループそれぞれが先頭に立つ沖縄でのデモは日に日に過激さを増し、ついに政権は沖縄の極左グループとデモ隊及び国内左派勢力の一部を国内治安における重大な「テロの核心」とし、取り締まりから「新憲法秩序平定のため」という事実上の弾圧で積極的な攻撃を開始する。さらにここに、米国大統領は沖縄のデモ隊及び国内の左派勢力には、中露及び北の工作員が潜伏していると指摘、彼等を「スパイの群衆」と名指し、デモ隊の弾圧に米国軍の一部をもって加担する。ここにおいて米国軍と沖縄人は戦後沖縄において再び戦闘が開始されたのである。ただし、沖縄人たちにとってこんどは自国の軍も敵となったのである。

 極左グループによって増強されたとはいえ、沖縄の民兵組織と在日米軍の一部、そして自衛隊から再編間に合わず国防軍へと名称のみ改められた連合軍では、その戦力差は圧倒的だった。戦局は一夜もかからずして、収束するかに思われた。だが、2020年沖縄戦では、そのような日米連合軍の思惑を外れ、開始後こそ一方的なものとなったが、民兵組織は沖縄県内のさまざまな島嶼や森そしてすべての村落と都市部の街路などあらゆる場所でゲリラ作戦を展開する。戦況は当初の体制側の思惑を簡単にこえて民間人を巻き込み地獄と形容されるほど泥沼化していく。米国内メディアはこのような状況を「歴史から学ばぬ大統領、ベトナム戦争の再来である」と報じた。国連においても、「21世紀の東アジアにおけるかつてない人道危機」との声明が事務総長により発表される。

 政権と東京都はこのような状況においてもなお、延期されていた東京五輪開催を強行しようとするが、折からの各種関連イベントでの民間人を巻き込んだ度重なるテロに武装化したデモ隊と機動隊との武力衝突が重なり、閣僚内部からすらも中止の声が上がる。極めつけは一人の沖縄にルーツを持つある陸上選手が開催直前に都庁前で自殺。この自殺は動画サイト上で配信され、国際社会の耳目を一挙に集めることになり事態に対して一様に静観を決め込んでいたIOCに対する批判が国際世論として高まる。この国際世論の高まりにIOC委員らは東京オリンピック委員会、さらにはそれを飛び越えて都と政権に異例の中止勧告声明を発表。ここに至って都知事と総理は連名で2020年東京オリンピックのその開催中止を発表する。

 一か月後、国内左派による国民投票無効運動の結果が出る。訴訟は却下。審理すら行われず棄却判決もなかった。けっきょく沖縄戦は、反体制側の抵抗もむなしく、その戦力差でジリ貧の状況に陥り収束し始める。国内においても局所的テロが散発する状況は常態化したものの、情勢はもはや日米対中露及び北の直接対決のムードに移りつつあった。第三次世界大戦におけるその前哨戦的段階であった「沖縄事件」はその歴史における登場段階を過ぎ去ったのである。残されたのは焦土の沖縄とテロが頻発する本土、そして憲法を軸に分断された国内世論であった。

 これはその一年後の皇紀2681年の話である。

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