性対象可能友人

神埼 翠

第1話

勿体ないと思った。

あの長い睫毛が。

人と話すとき目線を合わせるのが。

ほんのりと香る石鹸の匂いが。

そんなに美しいものを持っているのに

たった一人の人間に縛られているのが、

勿体ないと思った。

欲しいと思った。

自分のものにして、更に美しくしたいと思った。

花は手を掛けなければすぐ枯れてしまう。


〇〇〇


「芹沼さぁん。ノート見せてくださぁい。」

「君、それこの間も言ったよね…?」

しょうがないじゃないですかぁ。俺だって忙しいんですよぉ。間延びした声を出すのは友人なのだが、ノートの催促をしてばっかで最後に遊んだのはいつの日だったか思い出せやしない。

昨年結婚してから親族関係や金銭等、色々とバタバタしているらしく、大学もろくに出席できていない。少し禿げた髪と、目の隈の濃さ。単位も怪しいのだろう。接点もなんもなかった奴等にも、ノートの無心をして、呆れられている。幼なじみ=親友の公式は成り立たないらし知人と自分に対しての扱いは何一つ変わることはない。良く言えば博愛主義だが、僕からしてみれば手抜き、優しさの欠如。名前も朧気、秋をもじっているのかと思った気もするが。

最近はどじを踏むことが増え、顔のガーゼが彼の表情の豊かさを貧困にさせる。

「秋帆君、また悠君に頼ってるの」

その秋帆に声をかけたのは結婚相手の美嶺だ。

周りには面倒事を起こさないよう、結婚の事を隠しているらしく、僕しか知らない。特別扱いをされている限りは親友と思われているのだと自惚れてしまうが、もし美人局のように全員に同じことを言っているのなら、何もできることはない。シュレディンガーの猫。訊けば分かる単純明快、

「あ、今日も相変わらず可愛いね、ちゃんおはよ。」

苗字で読んでいた気もするが、耳が良いとは言えず、なんて読んでいたのか分からない。何時もならと、思い出そうとして見れば彼に彼女を紹介されたのも一寸前。呼び方も旧姓も知らないとは信頼関係が危ういとしか形容のしようがないが、自分の物覚えが悪いのだと頭に信号を送る。可憐という言葉が相応しい彼女は、高校の時から秋にアタックされ、最終的に絆された、と美嶺から言い訳という名の惚気をされている。何故言い訳をしたのかは不明であるが、彼女の事だ。友情も大切なのであろう。言い訳の一つでもしなければ、壊れて、思いですら破壊され、人生の侵略者にでもなってやるのか。

最近は裁縫にはまっているらしく、指につけられた絆創膏の数は日に日に増えており、血で紅く染まっている。秋帆からも心配という名の惚気をされたばかりだ。こっちの気も知らないで話して来るのだから勘弁して欲しいものだが。気持ちを弄んでの行動なのなら其れは、自分に見る目が無かっただけの話であろう。


〇〇〇


「ねぇ。美琴さん、この後秋帆と予定ありますか。分からなければ後でも良いのですけれど…」

端からすれば露骨な好意の言葉をかける。彼女は少しばかり驚いた顔をしたが、直ぐに普段の微笑み顔に戻った。彼女は秘密主義らしく、他の友人にすら苗字が変わったことを隠し、出会いの場一つ出てはいない。勘違いされるのも時間の問題なのだろうが、彼女は気にも止めていないし、自分からすれば勘違いなんて勝手にさせて置けば良いのだ。騙されようとも、騙そうとも、結局自己責任、狩りやすい獲物から狩って何が悪いのだ。あどけない瞳は、そんな汚れた感情を浄化することがでこるのだろうか。

秋帆君に遅くなるって伝えてくるね。そう言い秋帆の所に駆け寄り、秋帆は嬉しそうな顔をした。きっと友人と嫁が仲良くしてるか心配だったのだろう。早速予約した店へのマップを開き、彼女が戻って来るのを待った。…処で僕は予定を聞いただけであるが、何故誘いだと判ったのだろう。やはり彼女の勘は侮れない。


〇〇〇


「でね、秋帆君ったら酷いんだよ?私は心配しているだけなのにやめて、って。」

お酒が入ったことにより酔っているのか、彼女はいつも以上に饒舌だ。意識ははっきりしているが、絡み酒をするのでこのまま帰せない、というのを口実に僕の部屋まで送り、秋帆にはそれとなく伝えた。嘘を言うことに罪悪感なんて感じている訳もないし、管理不足ということで強くも責めれないギリギリのところをつく。彼奴は、一度に送れば良いものを複数に分けて送る癖が有るため、了承の電訊を受け取ると直ぐに電源を切ろうとしたが連続で二通目が届いた。目をやると、内容としては感謝の意と心置き無く仕事ができるというものであった。伴侶を荷物扱いし、感謝をするというのは、長年連れ添ってきたならともかく、新婚としては先は闇しか見えない。


〇〇〇


「んん~…一人で帰れますよぅ…私のことぉお馬鹿ちゃんだど思っでばぜんか」

呂律のまわらない口で言葉を紡ぐ。酔っているせいもあり、思い込みが少しばかり激しい。いや、酩酊状態は所謂理性が外れた状況であるから元の性格がこうなのだろう。酒を飲む機会は多々あったはずだが、彼女の交友関係は広いため、やはりその美貌により許されているのであろう。まぁお馬鹿ちゃんといえばお馬鹿ちゃんなのだが。酔っているとはいえ、異性の部屋に行くのはあまり宜しくない。秋帆も秋帆だ。少しは嫁が泊まると知ったら難色の色の一つでも示さないのか。まぁ、信頼されている、といわれてしまえば其れまでなのだが。

「流石にそんなこと思ってませんよ…はい、水飲んで今日は寝ましょうか。」

そう言い、冷蔵庫に入っていた水を杯に入れ、手渡すが、彼女は其れを拒否した。

「やだぁ。飲んだら悠君どっか行っちゃうでしょ?其れに私ぃ、水は硬度がもっっと低いのがいいなぁ。」

不思議とその我儘を可愛いと感じなかった。どちらかといえば面倒くさい。その言葉を飲み込み、外套を羽織る。近くの自動販売機に水が老いてあることを祈り、把手に手を掛ける。

「じゃあ、買いに行きますから、大人しく待っててくださいよ?家の物、下手に触れないでぐたさいね。」

そう告げ、扉を開けるとその向こうは、豪雨であった。傘は確か大学に置き忘れたから、置き傘しかない。踵を返し、再び部屋に戻り、自室に入る。納戸を開くが、手前の方を探しても其れらしき物はない。更に奥にないかと探る。すると、何か衣紋掛に何か填まっているのに気づく。どうやら、最初から此処にあったようだ。とるのに手間取ってしまったことに気づき、時刻を確認すると出る予定であった時間から半刻も過ぎている。一応確認として美琴がいる居間に顔を出すと美琴は本棚を弄っていた。僕に気づくと少しばかり震えたが、視線を本棚から逸らさない。具合が悪い様子はみられないので、大丈夫だろう。玄関に再び戻るとき、少し物の位置に違和感を感じた。

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性対象可能友人 神埼 翠 @honnonasi

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