魔法使いは物語の主役になりたい

 幼馴染みのあやは、昔から変わった奴だった。

 俺達同い年くらいの子供が読まないような難しい本ばかり読んでいたし、口調も大人びていた。それが原因なのか、皆からは一歩離れた距離感で接されていた。

 でも綾は、誰かが落ち込んでたり悲しんでたりするといつも黙ってそこにいた。それ以上の何かをする訳じゃないけど、お前は一人じゃないんだぞって言ってるように俺には見えた。

 それに気付いてから、俺は綾によく話しかけるようになった。綾の話は難解で、訳解んない時も多かったけど、俺にはそれが嫌じゃなかった。

 そして綾の側は、不思議と居心地が良かった。どんな時も綾はただそこにいていつも通りにしてるだけなんだけど、それが却って俺の心を落ち着かせた。

 この世に魔法使いなんてものがいるなら、綾が俺の『魔法使い』だったんだ。


 でも、今は――。



「ああああああ……」


 文化祭最終日、その夜。俺は自分の部屋で頭を抱えながら、みっともない呻き声を上げていた。


 告白、された。綾に。


 好き、とは言わない、あいつらしい難解な告白だったけど。その気持ちは、確かに俺に届いた。

 考えさせてくれ、そう俺は言った。いつまでも待っている、そうあいつは笑った。

 その場は、それで終わった。けど時間が経つにつれ、この出来事がどんどん俺の中で大きく重くなっていく。


 あいつをそういう対象として見た事は、なかった。顔は悪くない……ってかぶっちゃけ美人な方に入るのだが、あまりにも側にいる事が自然過ぎて、付き合うだとかそんな考えが浮かばなかったのだ。

 思えばあいつから誰それが好きだとか、そういった話を一度も聞いた事がなかった。だとしたらあいつはいつから、俺の事を好きでいてくれてたんだろう。


「つうか、何で俺なんだよ……」


 思わず、そんな呟きが口から漏れる。……綾は何も悪くないのに。

 あいつは言った。俺は魔法使いだって。

 確かに誰かを好きになったって、その子が好きになるのはいつも俺じゃなかった。人生に配役があるなら、俺はいつも主役を助ける脇役だった。

 そういう意味でなら、俺は間違いなく魔法使いなんだろう。例え俺が望んだ立場じゃなくても。

 俺は主役になりたかった。自分の人生だけじゃない、誰かにとっての主役になりたかった。

 でも同時に、俺は誰かを悲しませるのも嫌だった。虫のいい話かもしれなくても、誰も傷付けたくなかった。

 俺が綾を受け入れれば、俺は綾にとっての主役になれる。綾を傷付けないで済む。


 ――でも、そんな理由で綾を選んで本当にいいのか?


 そもそも、俺は綾とどうなりたいんだろう。一緒にいて居心地が良い幼馴染み、それだけなんだろうか。

 試しに、綾がいなくなった日々を想像してみる。けどどれもこれも、どうにも胸の中でしっくり来なかった。

 続けて逆に、これからもずっと綾といる日々を想像してみる。一年後、五年後、十年後。どれも光景が、スッと頭の中に浮かんできた。


 その瞬間、自分の本当の気持ちが見えた気がした。


 ……ああ、そうか。俺は当たり前に、ずっと綾といる気でいたんだ。綾のいない日々が考えられないくらい。

 身近過ぎて、気付かなかった。当たり前過ぎて、気付かなかった。


 綾が側にいない人生なんて、俺には有り得ないんだって。


 きっと俺が他の誰かと結ばれていたとしても、長くは続かなかっただろう。だってそこに、綾はいないから。

 俺の人生に綾はなくてはならない存在なんだって、気付いた。――他ならぬ綾に、気付かされた。


『明日、今日の返事をする』


 揺るがぬ決意を胸に秘め、俺は綾にそうLINEを送った。



「……それじゃあ、答えを聞こうか」


 他に誰もいない事を確認してから早朝の屋上に忍び込んで。俺と綾は、真っ正面から向かい合った。

 綾はいつもと変わらないように見えるけど、心なしか表情が少し固い気がする。俺に告白した時も、ひょっとしたらこんな風だったのかもしれない。


「ああ。……お前は魔法使いはお姫様とは結ばれないって言うけどさ、俺は、魔法使いがお姫様と結ばれる未来もあると思う」

「……そうか。それが、君の答えか」


 俺の言葉に、綾は悲しそうに笑って目を伏せる。綾の長い黒髪が、風に吹かれて舞い上がる。

 そんな綾に、俺は真っ直ぐ右手を差し出した。昨日の、綾のように。


「だから、今日から。俺の魔法使いじゃなくて、お姫様になってくれないか? ……綾」

「……!」


 綾の切れ長の瞳が、一杯に見開かれた。そんな見た事のない綾の顔が可笑しくて、俺は思わず吹き出してしまう。


「なっ……からかったのか!?」

「本気だよ、本気だけど……お前もそんな顔するんだなって思ったらつい。悪かった」

「わ、私だって人間だ。驚きぐらいする!」

「その割には今日まで、お前の驚いたとこ見た事なかった気がするけどな」


 笑う俺に、綾は軽くむくれた顔をする。ああ――俺の知らない綾が、まだこんなに眠ってたんだな。


「それで? 返事は?」


 そう重ねて聞くと、綾は俺の差し出した手をジッと見つめた。そして、顔に笑みを浮かべると、俺の手を両手で包み込むように握ってきた。


「いいだろう。君が魔法使いの私を、どうお姫様にするのか見物だ」

「おう。俺が魔法使いなら、魔法使いのまま、主役になってやるさ」

「君らしい答えだ。……好きだよ、翔太」


 少しはにかむように、けど幸せそうに、微笑みを浮かべる綾に、俺は。

 こいつが一生こんな笑顔でいられるように頑張ろうと、誓った。

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由希の徒然短編集 由希 @yukikairi

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