文学少女はお姫様に憧れない

 お姫様は、王子様と結ばれる。

 王子様は、お姫様と結ばれる。

 ならそれを助けた魔法使いは、誰と結ばれる?



「女は皆お姫様だ、なんてキザな奴は言うよな」


 文化祭でやる劇の小道具を作っている最中、不意に幼馴染みの翔太しょうたがそんな事を言った。私は手を休めず、それに応える。


「なら男は皆王子様かい? 大層な自信だ」

「いやそこまでは言ってないんじゃね?」

「お姫様は、いつだって王子様と結ばれるものだよ」


 私の言葉に、翔太が手を止めて目を丸くする。私はそれに、怪訝な視線を返す。


「……何だい、その顔は」

「いや……お前の口からそんなロマンチックな言葉が出てくるとは……」

「事実だよ。王子や姫と平民の恋なんて、王族の地位が単なる象徴になったから出来るようになっただけさ。王族同士の婚姻は、政治的な側面もあったのだからね」

「……やっぱりいつものお前だったわ」


 そう溜息を吐き、翔太がまた手を動かし始める。私はそっと目を伏せ、淡々と言葉を続けた。


「……だから私は、お姫様には憧れないのさ。王子様としか結ばれないなど御免だからね」

「お姫様じゃないなら、お前は何になるんだ?」


 翔太の何気無い問いかけに、私の手が止まる。束の間の沈黙。それを不思議がる翔太に、私はこう答えた。


「……さあ。私の知る物語には、その答えが載っていないものでね」


 そう言うと翔太はますます不思議そうに、私を見つめるのだった。



 小さな頃から、翔太は『魔法使い』だった。


 例えば誰かが喧嘩した時。例えば誰かが落ち込んでいる時。

 そんな時、気が付くと翔太はそこにいて、皆を笑わせてくれた。どんな暗いムードも、明るい雰囲気に変えてくれた。

 だが、その事に気付いているのはずっと近くで翔太を見てきた私だけ。他の者達にとっては翔太は、「ちょっと空気が読めないお調子者」でしかない。


 翔太が『魔法使い』である事を、私だけが知っている。


 私は本は好きだが、お伽噺は嫌いだ。だってお伽噺はいつも、王子様とお姫様の物語だから。

 魔法使いはいつも、彼ら彼女らを助けてはいつの間にか消えている。その存在を、誰にも気に止められる事なく。

 翔太もそうだ。翔太のするのは、いつだって誰かと誰かの橋渡し。それをいちいち感謝する者など、いやしない。


 お姫様は、王子様と結ばれる。

 王子様は、お姫様と結ばれる。

 でも、魔法使いはいつだって一人だ。


 魔法使いとの未来は、何になれば作れる?

 私のその疑問に答える物語は、ない。



「あっという間に終わっちまったな、文化祭」


 打ち上げの買い出しに行く途中。暗い夜道で、翔太がぽつりとそんな事を言った。


「そうだな。あっという間だった」

「成功して良かったな、劇」

「キャスティングが良かったんだろう」

「だろ!? 浅川さんのお姫様役最高だったよな!」


 私が言った途端、翔太は目を輝かせてそう熱弁する。……誰も浅川の名前など出していないのに、解りやすい奴だ。

 浅川をヒロインの姫役に推したのは、翔太。けれど翔太は、王子役にはなれなかった。

 そして――浅川自身の『王子様』にも。


「良かったのか? 告白しなくて」


 あくまで何気無く問いかけてやると、翔太の顔が虚を突かれたように固まった。それからどこか決まりが悪そうに、頭をガシガシとかじる。


「……気付いてたのかよ」

「長い付き合いだからな」

「いいんだよ。浅川さんが、浅川さん自身が好きな人と幸せになってくれればさ。そこに変な横槍入れて、困らせたくないだろ」


 そう、少し寂しそうに語る翔太。いつだって、こいつはこうなのだ。

 好きな相手に他に好きな人が解ると、全力でその恋を応援する。まるで、お伽噺の魔法使いのように……。


「……まぁ、確かに、魔法使いはお姫様とは結ばれないものだからな」

「何だそれ」

「君は魔法使いのような奴だという事だよ」


 ついうっかりと漏らしてしまった言葉を聞き逃さなかった翔太に、苦笑して言う。きっとまた、可笑しな事を言う奴だと思われただろうな。


「……俺にとっては、お前の方が魔法使いみたいだけどな」

「え?」


 ところが返ってきたのは、予想外の言葉で。私は思わず、マジマジと翔太の顔を見てしまう。


「だってお前、人の気持ち察するの上手いって言うかさ。今だって、俺が浅川さんと一緒に居づらいって思ったからこうやって買い出しに連れ出したんだろ?」


 ……バレていた。それが解ってしまうと、途端に気恥ずかしくなる。


「お前は変わった奴だけど、いつも一緒にいて居心地のいい空間を作ってくれる。それってさ、凄い事だと思うぜ。だから俺にとって、お前は魔法使いだ」


 ほんの少し、照れ臭そうに言う翔太に。私はやっと、答えを見つけた気がした。


 お姫様は、王子様と。

 王子様は、お姫様と。

 そして魔法使いは、同じ魔法使いと。


「……ふふっ。私が魔法使いか」


 心底愉快さを覚えて、私は柔らかく笑った。そんな私の反応が意外だったのか翔太は目をぱちくりとさせていたが、やがてハッと何かに気付いたように慌てだした。


「あ、いや! お前に彼氏出来ないとかそんな話じゃないからな! 魔法使いだってきっと王子と……」

「いいさ。私の結ばれたいのは、王子ではないからな」


 私の言葉に、翔太はまた目をキョトンとさせる。それが可笑しくて、私は笑みを深めると翔太に右手を差し出した。


「魔法使い同士なら、きっと素敵な未来が築けると思うんだが。……どうかな?」

「……え?」


 呆けた顔で、翔太が私の顔と手を何度も見比べる。その幾度目かの往復の途中で、翔太の顔が、ボン、と一気に赤くなった。


「え? な……え!?」

「もっとハッキリ言う方が君のお好みならそうするが、どうする?」

「おまっ、おま……せめてもっと恥ずかしがれよ!」


 そう怒鳴った翔太は、きっと気付いていない。握ったままの私の左手が、緊張で汗まみれになっている事に。

 この告白の結果がどうでも、私にとってはやっと踏み出した未来への第一歩。


 魔法使い同士の君と私の物語は、まだ始まったばかり。

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