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授賞式

 

《スピーチ》


学士院の荘厳な建物は、王宮殿に向かい合っていた。象徴となっている丸天井の下にメインホールはあり、その舞台にリリに代わって姉である私が立つ。演奏するときより緊張しているのが、自分でもわかった。


「大賞をいただき、たいへん光栄です。本来なら、妹がご挨拶するべきですが、体調がすぐれないため、私が参りました。本人に代わり、御礼を申し上げます。妹の才能を伸ばすことに、尽力くださった楽壇の皆様、温かい目で応援を続けて下さった皆様に感謝します。また、この会場で妹の栄誉を讃えて下さる皆様にも感謝します」


 大きな拍手が沸き起こり、「リリおめでとう!」「すばらしい!」「女性初の大賞受賞ばんざい!」と多くの人が叫んだ。私は感激のあまり涙があふれた。


 リリが有利と言われながらも、楽壇の派閥争いの余波など嫌な噂を耳にしていたので、このような温かさに包まれるとは思いもしなかった。喝さいを受けるべき本人と、母がここにいないことが、残念だ。


 元指揮者の司会者は微笑みながら、客席の人々に両手で「静かに」と伝え、私には「続けて」と視線を送った。


「皆様ありがとうございます。妹も喜ぶことでしょう。私にとってのリリは、作曲家のまえに、やはり妹なのです。わずか二歳のとき、私がおさらいをしていた曲に喜んで、踊りだしました。可愛い姿が目に浮かびます。あの日から、彼女にとってピアノは大の仲良しでした。音に鋭敏な感覚を持っていることを知り、父に知らせたのは私です。私たちは一緒に学び、作曲家への道をまっすぐに歩き続けました。大賞をいただいたのですから、リリがご期待に応えるべく最善を尽くすのは間違いありません。これからも、ご支援をよろしくお願いします」


 割れるような拍手に、胸がいっぱいになった。早く家に帰って、リリに結果と熱狂ぶりを知らせたい。しかし、取材を終えてからだ。国際的にも注目される大きなコンクールであり、国の内外から記者や音楽ジャーナリスト、評論家が集まっていた。恩師や仕事仲間から、よく思われていない者もいる。





《記者たち》


「妹さんの具合はどうですか。これから記念演奏会や副賞の留学がありますが、大丈夫ですか?」


「病弱は生まれつきなので、上手に付き合っている感じです。まず、記念演奏会に出られることを願っています」


「同じ作曲家として、妹さんの才能をどうご覧になりますか?」


「神様からの素晴らしい贈り物だと思います」


「妹さんが大賞を獲られて、妬ましいですか」


 私を怒らせたいのだろうか。その手に乗るものか。


「そんなことは、ありません。妹が誇らしいです」


「あなたがたの恩師はこの国の楽壇トップであり、情実投票があったのではという噂がありますが、何か知っていますか」


 あまりに酷い質問に、言葉が出てこない。いつの間にか傍らに兄弟子のモリスがいて、代わりに答えてくれた。


「根も葉もないことを。俺が落ちまくっていたときに、大賞を獲ったやつに聞いたか?」


 記者たちはひるんだ。モリスの落選が、大きな事件に発展したことを誰もが知っている。今では、この国の楽壇で最も活躍している作曲家のひとりだ。彼はさらに続けた。


「去年まで大賞受賞者は男ばかりだったな。彼らに同じことを言ったのか?」


 記者たちは、目をしばたたいたり、そらしたりした。


「言っていませんよ」


 取材陣のなかから、声を発したのは女性だった。モリスは深くうなずいた。


「若い女性には強くでるのだな。そのような卑怯者を俺は許さん」


「モリス、いいの、私は大丈夫」


 彼の端正な顔が、ほんの一瞬緩んだ。語気を荒げたのは牽制なのだ。





《姉としての誇り》

 


 私は何十人もの記者に対し、教師のごとく説明した。


「妹の楽才は、嫉妬できるレベルのものではありません。彼女のなかに、音楽の素が無数にあり、美しい音があふれんばかりに存在するのです。それが曲として表れるのを私も待っているひとりなのです」


「さあ、もういいだろう。続きはまただ。君たちにはわからんのか、彼女は本人に早く朗報を伝えたいだろう。ついて行ったり、家に押しかけたりしたら、容赦しないからな。まだ何か知りたいことがあるなら、兄弟子である俺に聞け」


 モリスは私に「任せろ」とささやき、あごでしゃくって退出を促した。




 ひとり、学士院の回廊を歩きながら思った。妹の才能に嫉妬しなかったというのは正確ではない。父も父の友人もリリの新作をいつも褒めた。私も褒められはするが、明らかに反応が違う。どうやっても敵わないことを、私には十分理解できるぐらいの楽才を与えられていた。


 しかし、妹への嫉妬は長続きしなかった。父が他界してそれどころではなかったから。あれから十年をとうに越えた。病弱なリリを守り、教会のオルガニストや音楽教師として仕事に打ち込む日々……思い出に浸る暇もないほど目まぐるしかった。



 迎えに来たルノーに乗り振り返ると、今しがた妹が栄誉を受けた学士院がまだ見えた。円形天井が夕焼けに照らされ、美しく輝いている。

 リリが元気になったら、家族で記念写真を撮りに来よう。父の遺影も携えて。



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匿名短編コンテスト・他から集め(歴) 沓屋南実(クツヤナミ) @namikutsuya

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