珍しい相手

「…じゃあ何? 答えられることなら何でも。 とにかく早く…」

「うーん、お前なんであんなに恋人のことかばうんだ?」

え、と頭がフリーズした。 あ、元・恋人か、と頭をかく男を呆然と見返した。 僕には彼の質問はいささか予想外だった。

「なんでそんな事、突然…」

僕が戸惑っていると、彼は少々言い訳するように続ける。 視線は斜め下に逸らされている。

「まあ俺はさ。 人の恋愛に口出そうって感じじゃないし……。 あんまノってかないほうじゃん? だからお前困るかもなって思ったんだけどさ……、やっぱ疑問で」

僕は本当に意外に思っていた。 彼は10年来の付き合いの親友が本当に幸せそうに結婚詐欺とお付き合いしている時にもノータッチを貫いたという逸話がある。 そういう、さっぱり、…というか、人によってはその背に木枯らしさえ感じてしまうような徹底的な個人主義、と言った方が正しいだろうか。 ともかく恋バナなどに身を乗り出すというよりはいつの間にか姿を消すような男だ。 僕が驚くのも無理ないと思う。

「あ〜…、結構、振り回されてただろ? つーか指輪も、あれ相手つけてなかったじゃん」

彼の言う通りだ。 僕の恋人は、僕を引っ張ってジュエリー売り場へ行ったわけだが、買って早々にデザインに飽きたらしくそれからもうすっかりペアリングの片割れは引き出しにしまいこまれたままになった。

「まあ、人より少しわがままなところも、あったかもしれないけど……」

「少しってレベルか? お前奨学金で大学通わせてもらっててさ。 二年ん時なんてバイトで寝れてなかったじゃん。 そん時もお前に手料理作り置きさせて、弁当作らされたろ」

「それは、僕料理は毎日やってたから、そんなに苦じゃないよ!」

「じゃあ浮気は?」

「………」

本当にどうしたのだろう。 自分の元恋人への言われ方よりも、僕は男のらしからぬ熱心な干渉にあっけにとられていた。

夜中のカラオケはそれほどお客がいなく、僕らの立ちふさがっている男子トイレには内にも外にも他の人物が現れる気配がない。

廊下に絶えず流れるのは最近のヒットチャート。 僕が口をつぐんでいるため、僕らの間にあるのは重い沈黙だった。

そんな折、先に切り出したのは男だ。

「……なんてさ! はぁーなんかマジになっちまった!」

悪いな! なんてウインクしながら片手を上げている。 いつも通りの彼がふうっと戻ってきたように感じた。

僕も身体が知らず知らずのうちに強張っていたらしい。 耐えきれず息を吐く。

「本当だよ。 ビックリしたあ。 怖いよ、お前がマジメになると……」

「悪い悪い! いやあ、ちょっと酔っ払ってんのかもー、俺」

じゃ! と彼は身体を縦にして、僕の服を擦りながらも抜けるとひらりと手を振って廊下の突き当たりを曲がって行った。

(本当に、なんだったんだろう…?)

しばらく、僕は彼が行った後も見送ったまま立ち尽くしていた。 が、それも長続きすることはなく。

すっかり衝撃に追いやられていた尿意、もとい生理現象が再び顔を出すや否や、僕はあっけなく突き動かされていそいそと用事を済ませるために一人扉を閉ざすのであった。

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