指輪はいずこへ
僕らは今、大部屋のカラオケルームにいる。
タンバリン、マラカス大盤振る舞いのトンチキ騒ぎの様相だ。 みんな酒が入ってる。
あれから大学でのみんなの反応はというと、拍子抜けするほどケロリとしていて、そのうち出てくるだろと手を叩いて大笑いしていた。
誰も彼も自分が食べた記憶がある者はいなかった。
普通の鍋であったなら、指輪など知らずに食べることはなかっただろう。 しかし今回の具はもともと非常に混沌としていた。 箸でつかむ前から異常に鍋からはみ出ているもの、おたまで掬うと明らかに溶けきっていないカプセルが姿を現し、彩りと称し煮え風呂に浸からされた全く食べられないフィギュアは縮んでプカプカ浮いている有様だ。
ルールとして食べられないものは10センチ以下を禁止していた。 当然、誤食を防ぐための知恵である。
そしてそのせいで、僕の直径1.5センチ弱の指輪はあっさり食べ物と一緒に誰かの胃袋に流し込まれたのであった。
…いいのだ。 だってもう本当に関係の無い人になったのだから。 だって一切人生に関わりの無い人との、しかし思い出の品なのだ。
「おい、お前もそろそろもう一曲入れろよ!」
思わずソファーのはじっこで物思いにふけってうつむいていた僕ははっと気持ちを取り直す。
ほら、と横で立ちながら片手でグラスをあおっていた仲間の一人が、かがんで僕へデンモクを差し向けていた。
慌てて受け取ろうと身を乗り出したその時に、僕は唐突に尿意に襲われぶる、と小さく身震いをした。
「ごめん、ちょっと飲みすぎた」
「ったく、出すもん全部出してこい!」
指輪とかな、そう笑いながらバシバシ背中を叩いてきたので僕は向こうずねを蹴りつつ退室し、廊下に出ると頭上の案内板を探した。
迷路のような道を突き当たって曲がって、曲がって、目が回りそうになったころにようやく手洗い場にたどり着いた。
押し扉に手をかけると、内側から引かれて体が前のめりによろける。
隙間からひょっこり顔をのぞかせた、僕より少し目線が上の男は慌てたように扉を少し戻した。
「っ、すいませ……、って、なあんだ。 お前か」
「お前もトイレだったのか。 ちょっと通してもらっていい?」
「どーぞ」
男は僕と一緒にカラオケに来た仲間のうちの一人で、かなり体格のいいスポーツマンだ。 縦に長く、奥に厚い男は、せまっ苦しいカラオケのトイレの出入り口で何か考え込むようにして立ち止まられたらなんというか非常に、邪魔である。
「……、うーん、やっぱりお前に聞いていいか?」
僕は我慢できないほどではないがなかなか切迫しているトイレ欲に気を取られつつ、それはいいけど、と続けて、
「っていうか何を? あと今じゃなきゃダメ?」
彼は鷹揚に頷いた。
「大切なことなんだ」
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