第1章 流星の瞬き
1.光に鎖された国
それは大陸一有名なお城。
雪山の頂上に建つ、冬の国を、
静かな地に、一人の主人のためだけに
氷の下で眠る国の名を、
山に囲まれたツィリヤは、標高が高く、冷気がたまりやすい地形にあるため、昼が溶けて夜に近づくと、冷えた大気は夕陽を浴びてきらきらと輝き出す。国の中に美しい光が満ちる、一日の終わり。夜が近づいてもその光は衰えず、青白く色を変えて煌めく。
舞う光は国中どこへでも降り注いだ。月を映す運河の水面に、城下街の石畳の路に、山の麓にある家屋の煙突に、そして、息を荒くして足を進める少年の横顔にも。
旅装に身を包んだ、細く端麗な顔立ちの少年だ。しかしその顔は驚くほどに赤く、普段はさらさらと指を通す金色の髪は、汗でぴったりと額や首に貼り付いている。不安定な足取りや、焦点の合っていない深海のような瞳からも、少年の様子がおかしいことはすぐわかる。
しかし、人は街に一人もおらず、少年は頭痛に思考を邪魔されながら、重たい体を前へ進めることだけを意識していた。だから、誰も少年の体を慮って止めるようなことはしなかった。時折、脆い体だな、と他人事のように呆れながら、彼は歩き続ける。
ツィリヤに到着したのは昨日。仮眠から目を覚ました今朝、すぐに異変に気付いた。長旅で溜め込んだ疲労に、異国の寒さが加わって、体が悲鳴を上げたらしく、全身が熱く関節も痛かった。高熱が出ていることはすぐわかった。
しかし彼は、主人から大命を授かっている。急ぎ続けたこの旅が、自分の体調不良で遅れることなど許されない。だから、回復を待つより、おぼつかない足取りでも、ひたすらに歩く方を選んだ。少年は夜色の瞳で前を見据え、一歩一歩進んでいく。
わずかな資源を隣国の商人に売り込みに行き、日々の生活をやりくりしているような貧しいツィリヤをわざわざ訪れる者は滅多になかった。小国ツィリヤが悲劇を迎えたのち、隣国の地名となってからも、それは同じだ。
ゆえに、国を覆う薄橙の光の帳の煌めきの美しさは、広まらぬままだった。吟遊詩人も冒険家も知らない、その永遠の光に包まれた小さな国を、ツィリヤの民はこよなく愛していた。
少女は、ふと一心に筆を動かしていた手を止めて外に目をやる。そろそろだろうと思った。
夜の帳が覆い始めた空は、ふつうなら星の瞬きを待つばかりだ。
しかし、ツィリヤでは違う。
少女がじっと外を見つめているうちに、山間を覆い始める宵闇を気にも止めず、ツィリヤは真白に輝き出す。少女の住む宮は山の上にあるため、光の佳景が国中に広がっていく様を一望できるのだ。
光を見守る少女と、山脈に立つ白木の城。
この滅びた国に、もう人はいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます