431 何があろうとハーレムルートなんて入らねえぞっ!


「『キラ☆恋』の世界に転生して、ハルシエルの中身が晴だと知った時のあの衝撃と、そのあとの幸福……っ! まさか、リオンハルト達のめくるめく恋模様を間近で見ることが叶うなんて……っ!」


 ちょっと待てぇ――っ!


 最推しのイゼリア嬢がいらっしゃるこの世界に転生できたことは確かにこの上ない幸せだけど、俺はリオンハルト達とめくるめく恋模様を繰り広げるつもりなんて、まったく! 全然っ! これっぽっちもねぇ――――っ!


 俺はイケメンどもとはひとつのイベントも起こさないつもりで日々気を遣ってるんだよっ!


 俺の心の叫びを知らないシノさんが声をはずませる。


「エル様に素晴らしいものをお教えいただき、人生が一変いたしました……っ! いまのわたくしは萌えの供給で毎日が輝いておりますっ!」


 シノさん⁉ シノさ――んっ! クール系メイドだったハズなのに、すっかり姉貴に毒されて……っ!


 お願いだから腐海から帰ってきて――っ!


 心から願うが、俺の思いがもはや腐女子大魔王の右腕と化したシノさんに届くことはなく。


 シノさんがうきうきと言葉を続ける。


「ハルシエル様も、着実にハーレムルートへの道を歩んでらっしゃいますものね……っ! 聖夜祭でどんな光景が見られるのか、いまから楽しみで仕方がありません……っ!」


 …………は?


 い、いま、何かものっすごく恐ろしい言葉が聞こえたんだが……っ!


 ハーレムルート!?


 誰がっ!? 誰達と……っ!?


 いや、ここは『キラ☆恋』の世界なんだから、冷静に考えれば、ハルシエルとイケメンどもなんだろうけど……っ!


 イケメンどもに包囲されたハーレムルートなんて、考えただけで背筋が凍る。


 そんな恐ろしい未来、絶対に嫌だぁぁぁぁぁっ!


 何があろうとハーレムルートなんて入らねえぞっ!


 っていうか、俺はいつだってイケメンどもに塩対応してるだろっ!? 好感度なんて絶対上がってるワケがないってのに……っ!


 俺が好感度を上げようと必死に頑張ってるのは、イゼリア嬢だけなんだからっ!


 きらきらと目に痛いほどまぶしいイケメンどもに包囲されているハルシエルの姿を想像して、背中に冷や汗がにじむ。


 『キラ☆恋』のパッケージはハルシエルがイケメンどもに囲まれてたけど……。


 中身は男の自分がそんな状態になるなんて、悪夢でしかない。


 ぞっとしている俺をよそに、姉貴が自慢げな声でシノさんに応じる。


「我が弟ながら、ほれぼれするようなヒロイン力だからねっ! さすがハルシエルというべきかな」


 いやいやいやっ! 俺にヒロイン力なんて皆無だからっ!


 姉貴はどこを見て言ってるんだよ!? 外見はともかく、中身は男子高校生の俺にヒロイン力なんて備わっているワケがねぇっ!


 嗜好しこうが腐ってたら視力まで腐るのかっ!? 恐ろしすぎるぜ、腐女子のごう……っ!


「エル様のおっしゃるとおりですっ! 的確にリオンハルト様達のハートを撃ち抜いていくハル様の言動の数々……っ! 素晴らしいとしか言いようがありませんっ!」


 いやっ、シノさんも一度姉貴と一緒に眼科に行って!?


 いつ俺がイケメン達のハートを撃ち抜いたんだよっ!? そんな狙撃兵みたいなことできるハズがないだろ――っ!?


「リオンハルト様達の言動に胸を高鳴らせ、頬を染めているハル様の可憐なこと……っ! 腐妄想がはかどってとどまるところを知りませんっ!」


 頬なんて染めてねぇ――っ!


 そんなことっ、そんなこと……っ!


 心からツッコみたいのに、シノさんの言葉になぜか鼓動が早くなる。


 脳裏によぎるのは、いままでのイケメンどもの言動の数々だ。


 リオンハルトと一緒の帰り道。体育祭のご褒美デートで初めて体験したディオスとの乗馬やエキューと一緒のうさぎとのふれあい。


 ヴェリアスと一緒に旅行用の服を選んだことや、文化祭で初めて知ったクレイユの過去の傷……。


 それらが脳裏に甦った途端、壊れそうなくらい鼓動が高鳴る。


 どきどきして、心臓が口から飛び出しそうなほどだ。


 いやいやいやっ! イケメンどもとの思い出にどきどきしてどうするっ!?


 べ、別に俺はイケメンどもにはまったくときめいてなんて…………っ!


 俺の思考を遮るように、扉の向こうから姉貴の声が聞こえてくる。


「そこはやはり、転生先が『キラ☆恋』のヒロインであるハルシエルだからじゃないかな。中身は晴だけれども、ヒロインとしての特性が否応なしにリオンハルト達に反応してしまうんだと思うねっ! 中身は男子高校生なのに、ハルシエルの影響でごく自然にリオンハルト達にどきどきしてしまうなんて……っ! これはもう妄想がはかどる要因でしかないねっ!」


「晴様にその気はなくてもどきどきしてしまうとは……っ! 嗚呼っ! なんて罪深いことでしょう……っ! 嫌だ嫌だと言いながら、リオンハルト様達の言動に身も心も甘く融かされてゆく晴様……っ! エル様がおっしゃるとおり、妄想もときめきも止まりません……っ!」


「というか、たとえ中身が晴だとしても、あの面々に迫られてどきどきしないわけがないだろう!? イケメン達のあの猛攻……っ! そのうち晴が誰かに落ちたとしても驚かないねっ! というか、そんな事態になったら、腐女子としても、前世の姉としても、心の底から祝福するよっ!」


「もちろんわたくしも祝福を惜しみませんわっ! 皆様が晴様に向けるあの甘やかな笑み……っ! そばで見ているわたくしですらきゅんきゅんと萌えずにはいられないのに、あれを耐えてらっしゃる晴様の自制心には感嘆するほかありません……っ! 耐えてらっしゃるのも、それはそれでいつ誰に落ちるのか、楽しみで仕方がないのですけれど! あぁっ、晴様の心を虜になさるのは、いったい誰なのでしょう……っ!?」


「ふふふっ、両思いになって、いちゃらぶするのも素晴らしいけど、つきあうまでもじれじれもだもだも、それはそれでおいしいからね……っ! どんな晴も萌えの宝庫というほかないねっ! 我が弟ながら、まさかこれほどのポテンシャルを秘めていたとは……っ! これで本格的にハルシエルとしてのヒロイン力に目覚めたら、いったいどれほど素晴らしいものを見せてくれることか……っ! 楽しみで仕方がないねっ!」


「その素晴らしい萌えを、わたくしもぜひともおそばでじっくり見たいです……っ!」


「ああ、もちろんだとも! 今日も心ゆくまで二人でじっくり語り合おうっ!」


 姉貴とシノさんが大興奮で語り合っているが、俺の耳にはろくに入っていなかった。


 衝撃のあまり、頭がくらくらする。いますぐ床にへたり込んでしまいそうだ。


 いま、何て……?


 ハルシエルに転生してしまったことで、俺にその気がなくても、勝手にどきどきしてしまう……?


 そ、そんな……っ! 嘘だろう……っ!?


 俺はいままで、外見だけハルシエルで、中身は完全に前世と同じ、藤川晴だと思ってた。



 けど……。実は、そうじゃない?



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