430 大魔王の城に素手で乗り込む勇者の気持ち


 ピエラッテ先輩のモデルを務めたあと、制服に着替えた俺は、ピエラッテ先輩と別れて、姉貴に会うために本校舎へ向かった。


 用事はもちろん、聖夜祭でイゼリア嬢のこともしっかり撮ってくださいとシノさんに頼むことと、文化祭で大量に撮っているだろうビデオのダビングをもらうためだ。


 俺が美術部に行った今日は、生徒会は軽い打合せだけだと言っていたし、この時間ならまだ姉貴だっているだろう。


 鉄は熱いうちに打てと言うし、この胸の思いが燃え上がっているうちに、姉貴とシノさんに訴えないとっ!


 生徒会の後に姉貴に話しかけようとして、イケメンどもの誰かに用事を聞かれても困るしな……。


 その点、今日ならイケメンどもに出くわす可能性も低いだろうし、好都合だ。


 理事長室は生徒会の隣にある。俺からすれば、どう考えても、姉貴がちょくちょく生徒会に顔を出せるようにこの位置取りにしたとしか思えないけど……。


 そこにつっこんでもどうしようもないので、真意を確かめたことはない。


 俺は四階まで上がると、生徒会室の前を通り過ぎて理事長室を目指す。


 思えば、理事長室に行くのは、まだ入学間もない頃、『キラ☆恋』のルートになんて乗るもんかと、生徒会役員を決めるための『マリアンヌ祭』を辞退するべく直談判に来た時以来だ。


 初めて理事長と対面した時はまさか、中身が姉貴だなんて、想像もしていなかった。


 あの衝撃は、俺がハルシエルになってしまったと気づいた時以上と言っても過言じゃない。


『なんでよりによってイケメンどもにぐいぐい迫られるハルシエルなんだよっ! 男子高校生の俺がっ!』


 って、俺をこの世界に転生させた誰かにツッコみたい気持ちでいっぱいだったけど、あの時は、


『これでイゼリア嬢と同じ世界で生きていくことが……っ!』


 という希望も同時に持つことができた。


 けど、よりによって腐女子大魔王の姉貴が、学園内で最高の権力を持っている理事長として『キラ☆恋』の世界に来てるなんて……っ!


 神様仏様女神様っ、ちょっと俺に厳し過ぎませんかっ!?


 よりによって、俺とイケメンどもをくっつけたい姉貴をこの世界によこしたばかりか、シノさんっていう優秀な部下まで腐女子仲間に引き込むなんて……っ!


 けど、俺はどんな大きな障害が立ちはだかろうと、イケメンどもとのフラグはバッキバキにへし折って、イゼリア嬢の親友ポジションをゲットしてみせるぜ……っ!


 ともすれば前世で刷り込まれた姉貴への恐怖でひるみそうになる足を叱咤して歩を進めた俺は、理事長室の扉の前で立ち止まって深呼吸する。


 姉貴とシノさんの学園内の根城である理事長室は、つまり腐女子大魔王の居城と言っても過言じゃねえ……っ!


 気分はもはや、大魔王の城に素手で乗り込む勇者の気持ちだ。


 しっかりしろ、俺っ!


 何としても文化祭のイゼリア嬢映像と写真をゲットして生還するんだ……っ!


 そのためなら、ラスボスに等しい姉貴にだって、敢然かんぜんと立ち向かってみせるっ!


 うんっ、きっと理事長室への来客とかもあるだろうから、さすがに壁にアレな写真とか絵とかを飾ってはいないハズ!


 扉の向こうから、隠しきれない腐女子大魔王の瘴気しょうきが今にも漂ってきそうな気がするけど……。


 って、あれ?


 扉の前で緊張にごくりと唾を飲み込んだ俺は、理事長室の扉がうっすらと開いていることに気がついた。


 どうやら姉貴かシノさんのどちらかが閉めそこねたらしい。


 二人とも中にいるらしく、扉の向こうから話し声が聞こえてくる。


 無意識に耳をそばだてた俺の耳に入ってきたのは、ほくそ笑む姉貴の声だ。


「計画はうまく進んでいるようだね……」


 うぇっへっへっへっへ……。と、不気味な笑い声を洩らす姉貴は上機嫌のようだ。


 計画……?


 いったい何のことだかまったくわからないが、嫌な予感がひしひしとする。


 姉貴がこんな笑い声を洩らしている時はろくなことがないと、前世からの経験で、嫌というほど身に染みついている。


 姉貴がまたぞろろくでもないことを考えているなら、しっかり情報を掴んでおくに越したことはない。


 絶対、姉貴の思い通りにイケメンどもとフラグなんて立てるもんか……っ!


 姉貴の呟きをしっかり聞きとるべく足音を忍ばせて扉へそっと近づくと、姉貴に答えるシノさんの声も聞こえてきた。


「はい。わたくしが見るハルシエル様は、レンズ越しが多いですが……。エル様がおっしゃるとおり、順調に進んでいるものとお見受けします」


 俺……っ!? やっぱり俺のことを話してるのか……っ!


 っていうか、レンズ越しって! それってどう考えても盗み撮りしてるヤツだろ――っ!


 扉を開けて思いっきりツッコミたい衝動に駆られるが、短気を起こすのは早計だ。


 いったい二人が何を企んでいるのかはわからないが、俺にひいてはイゼリア嬢によからぬことを企んでいるというのなら、その計画の内容をしっかり把握しておかないとっ!


 どうせ姉貴とシノさんの企みなら、俺にイケメンどもとのイベントを起こさせようとかそういうヤツだろうからなっ!


 姉貴がどんな悪巧みをしようと、イベントなんざ起こしてやるか――っ!


 イゼリア嬢がリオンハルトに恋していると知ったいま、うっかりリオンハルトとイベントを起こしてしまったら、イゼリア嬢の恋路を邪魔しかねない。


 そんな事態、万死に値する……っ!


 俺はいちおうリオンハルトルートはプレイしたことがあるものの、他のイケメンどものルートは未プレイだ。


 何十周もやり込んだ姉貴から、このあとに待ち受けるイベントの情報を得られるなら、対策も立てやすくなる。


 弟を腐妄想のかてにしようとしている腐女子大魔王なんざ、姉貴でもなんでもねぇっ! むしろ安寧な人生最大の障害だっ!


 盗み聞きをしているという罪悪感も何のその。どうせあっちは盗み撮りしているんだからと、俺は理事長室の二人の会話を少しも聞き逃すまいと集中した。

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