429 花嫁になんてなりたいわけがねぇっ!


「なるほど……っ! どうにもおかしいと思ったら、憧れているのはあくまでも『花嫁姿のイゼリア嬢』であって、きみ自身は花嫁になりたいというわけではないんだね」


 ピエラッテ先輩の笑みは、感心したような納得したような、ほんの少し呆れ混じりの優しい声だ。


「えぇぇっ!? 私が花嫁になるなんて……っ! そんな未来、ありえませんっ! っていうか、そもそもそんな相手ができること自体、ありえませんしっ!」


 一瞬、真っ白なタキシードに身を包んだイケメンどもが脳内に浮かんだ俺は、ぶんぶんぶんっ! とかぶりを振って恐ろしいイメージを追い出す。


 前世で姉貴が『キラ☆恋には、全攻略キャラの個別ルートをクリアした後、隠しルートでハーレムエンドっていうのがあるのよ~!』とか何とか言ってた気がするけど……。


 そんな恐ろしいルート、間違ってもいくもんか……っ!


 まあ、俺がイケメンどもを攻略できているハズがないから、無用な心配だろうけど、今後、気をつけるに越したことはないのかもしれない。


 きっぱりと言い切った俺に、ピエラッテ先輩が「それなら……」と困り顔で口を開く。


「多産をあらわすうさぎとか、平和の象徴だけじゃなく愛の象徴とも言われる鳩とか、結婚式に好まれるモチーフはいくつかあるけれども、きみにその気がないのなら、あからさまに結婚式を連想させるモチーフはやめておいた方がいいんじゃないかな? 聖夜祭の主催はあくまでも生徒会だし、生徒会の女生徒というなら、イゼリア嬢だけじゃなくきみだって同じ立場だろう? 変な誤解を生みそうなものは避けたほうがいいんじゃないかな」


「た、確かに……っ! 言われてみれば……っ!」


「それに……。ヴェリアス君がきみのエスコート役を買って出て受け入れられた上に、教室まで迎えに行ったことで、学園中にいろいろな噂がお尾ひれがついて広がっているみたいだしね……」


 ピエラッテ先輩が気の毒そうな顔で言う。


 くそぉ……っ! おのれ、ヴェリアスめぇぇぇ……っ!


 思わずぎりぎりと奥歯を噛みしめる。


 イゼリア嬢のために、エスコートを承諾したのはまだしも、教室に迎えに来た時に、しっかり断っておけばよかった……っ! ほんっと、余計なコトをしやがって!


 イゼリア嬢の花嫁姿を見てみたいのは山々だけど、ヴェリアスとの間にろくでもない噂が立つのは絶対に回避したい……っ!


「というわけでね」


 歯ぎしりしていた俺は、ピエラッテ先輩の声にはっと我に返って視線を上げる。


 ピエラッテ先輩が俺を見つめてにこやかに微笑んでいた。


「聖夜祭の飾りつけは、例えばモチーフに羽を多く使うのはどうかな? 見た目もとても華やかだし、文化祭で『白鳥の湖』を演じた今年の生徒会が主催の聖夜祭にはぴったりだと思うんだけど、どうだろう?」


「さすがピエラッテ先輩ですっ! とっても素敵なアイデアですね……っ!」


 ピエラッテ先輩の提案に目を輝かせて大きく頷く。


 脳内にぱぁぁっ! と広がったイメージは、天使が舞い踊る天界のような神々しさの中、優雅にダンスをするイゼリア嬢だ。


 それに、この間の文化祭の『白鳥の湖』のイゼリア嬢の熱演は、大勢の生徒が見て感激していたし……っ!


 『白鳥の湖』を連想させる飾りつけにすれば、


『イゼリア嬢とリオンハルト様はオデット姫とジークフリート王子のようにお似合いですわね……っ!』


 なんて声が上がって、どんどん外堀が強固に埋まっていくかもしれない。


 何より。


「イゼリア嬢は地上に降りた女神と言っても過言ではありませんからっ! 羽のモチーフはイゼリア嬢にこそふさわしいですね……っ! 明日の生徒会でピエラッテ先輩の案だと、さっそく他のみなさんにも紹介しますっ!」


「別に、きみの案だといって、話してくれてかまわないんだよ? きみの話を聞いていなければ。私も思い浮かんでいなかっただろうからね」


「そんなっ! ピエラッテ先輩の手柄をとるような真似はしませんよっ!」


 微笑んで言われた言葉に、とんでもないっ! とかぶりを振る。


 イゼリア嬢に見直してもらうのは、そりゃあ俺の悲願だけど、そのために他の人の手柄を奪うなんてとんでもない。


「イゼリア嬢のお隣に正々堂々いられるようになるためにも、自分がやましさを感じるようなことは間違ってもできませんから!」


 きっぱりと言い切ると、ピエラッテ先輩の笑みが深くなった。


「なるほど、ハルシエル嬢らしいまぶしいほどの真っ直ぐさだね。そんなところもきみの魅力のひとつだね」


「えぇぇっ!? もう、ピエラッテ先輩ったら、急に何をおっしゃるんですか! そんなこと……っ!」


 お世辞とはいえ、ピエラッテ先輩みたいな美人な先輩に褒められるとどきどきしてしまう。


 しかも、ふだんがクール系なだけに、笑顔の破壊力が……っ!


 思わず照れると、


「そんな顔もいいね。どんどん創作意欲が湧いてくるよ」


 とピエラッテ先輩がはずんだ声を上げた。


 何やら心の琴線にふれるところがあったのか、ピエラッテ先輩が猛然と筆を動かし始める。


 相談にのってもらった俺は、恩返しのためにもピエラッテ先輩の邪魔をするまいと、黙っておとなしくモデルに努めた。



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