427 もうそんなに噂が広まっているなんて……っ!
「ハルシエル嬢。噂を聞いたよ。ヴェリアス君のエスコートを受けるそうじゃないか」
ヴェリアスのエスコートを承諾した数日後の放課後。
今日もピエラッテ先輩のモデルを務めていた俺は、からかうようなピエラッテ先輩の言葉に、思わずがくりと肩を落とした。
ちなみに美術部の本来の活動日ではないので、部室にいるのは俺とピエラッテ先輩の二人きりだ。
モデルを始める前にはジョエスさんも来ていたが、ドレスのデザインの最終的な打ち合わせが終わると、すぐに帰ってしまった。
ジョエスさんのことだから、俺やイゼリア嬢のドレスだけじゃなく、イケメンどもの衣装や、他の貴族達の衣装も請け負っているに違いない。
聖夜祭が少しずつ近づいているいま、目の回るような忙しさなのだろう。
それなのに、俺のために手間をかけているなんて、申し訳ないことこの上ないのだが、今日もジョエスさんは疲れなんて吹き飛ばしてしまいそうなほど元気
『ハルシエル様やイゼリア様のようなお可愛らしい方のドレスを作っている時が一番幸せなんですっ!』
と、まぶしいほどの笑顔で断言していたジョエスさんの様子に、俺まで何だか元気をもらった気になっていたんだけど……。
「学年が違うピエラッテ先輩のお耳にまで、もう噂が届いてるんですね……」
「よよよ」と泣き崩れたい気持ちに襲われ、俺は情けない声で答えながらがっくりと肩を落とした。
ヴェリアスが一年二組の教室まで俺を迎えに来て、エスコートすると宣言したことは、ビックニュースとして学園中を駆け巡っているらしい。
まさか、こんなに噂になるなんて、イケメンどもの人気を見誤ってたぜ……。
いったいどこでどう間違ったのか、ディオスとヴェリアスが勝負をして接戦の末、ディオスが負けたただの、ヴェリアスが俺をエスコートすることを知ったクレイユとエキューが悔しさのあまり涙を流しただの、そのあと二人で抱きあって慰めあっていただの……。
いろいろな尾ひれがついて、とんでもない噂まで流れている。まぁ、最後のは姉貴とシノさんが流した疑いが濃厚だけどなっ!
俺はリオンハルトの背中を押すだけで十分だったのに、なんでこんな注目の的に……っ! こんなの、まったく全然望んでねぇっ!
もちろん、俺とヴェリアスの噂に並行して、リオンハルトがイゼリア嬢をエスコートすることになったという噂も巡っている。
が、こちらはあまり変な脚色はついてないようだ。
まあ、イゼリア嬢とリオンハルトは文句なしにお似合いだから、それも納得だけど! それに、さすがに第二王子相手に変な噂は流せないだろうしな……。
このまま、
『やっぱりリオンハルト様の隣に並び立つのは、すべてにおいて優れたイゼリア嬢しかいらっしゃいませんわよね……っ!』
『イゼリア嬢ほど素晴らしいご令嬢はいらっしゃいませんものっ!』
『お似合いのお二人の邪魔なんてできませんわ……っ!』
って感じで周りからも二人を後押しするような声が上がってくれたら万々歳なんだけど……っ!
俺がイゼリア嬢とリオンハルトの未来を祈っていると、「おや」とピエラッテ先輩の意外そうな声が聞こえた。
「リオンハルト殿下を除いた生徒会役員の四人の中でヴェリアス君にエスコートを頼んだということは、彼に一番親しみを感じているんだろうと思っていたが……。どうやら違うようだね?」
「へ? 私がヴェリアス先輩に親しみですか? いえいえいえっ! そんなことはまったくありませんっ! 受けた理由は、たまたまヴェリアス先輩に最初に誘われたというだけですから!」
俺がヴェリアスに親しみを感じているなんてとんでもないっ!
確かに、ヴェリアスはイケメンどもの中では一番庶民派だと思うけど、あの傍迷惑な性格は、それを差し引いても大きなマイナスだ。
現に、ヴェリアスにエスコートしてもらうことになったせいで、噂の的になってるし……っ!
くそ~っ! イゼリア嬢のことがなかったら、絶対に受けてなかったのに……っ!
問いかけを即座にきっぱりと否定すると、ピエラッテ先輩の目に同情するような光が浮かんだ。
「なんというか……。ハルシエル嬢は、ある意味、難攻不落だね……」
「? ピエラッテ先輩、どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ」
ピエラッテ先輩の呟きが聞きとれず首をかしげて聞き返したが、ゆるりとかぶりを振られてしまった。
でも、冷静になってよくよく考えれば、ヴェリアスのエスコートを受けたのは失敗だったかも知れない。リオンハルトの背中を押すためなら、リオンハルト以外なら誰でもよかったんだけど……。
ディオスやクレイユ達に誘われるとは限らなかったから、とりあえず誘ってくれたヴェリアスの申し出を受けたんだけど、早まったかも……。
うん、トラブルメーカーのヴェリアスだもんな……。理由があったとはいえ、教室に迎えに来て、さっそく噂になることをしでかしたし……。
俺が浅慮を悔やんでいると、ピエラッテ先輩が小さく吐息した。
「まあ、きみがよいのなら、私はかまわないんだけれどね。どうやら、ヴェリアス君に
「そんなこと、絶対ありえませんっ! ピエラッテ先輩ったら、なんてことをおっしゃるんですか!」
即座に心の底から否定する。
俺が敬愛申し上げているのはイゼリア嬢ただおひとりだからっ!
そもそも、中身が男なのにイケメンどもに惹かれるなんて、天地がひっくり返ってもありえねえっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます