425 俺はイケメンどもにときめく趣味なんざねぇんだよっ!


 思い悩んでいると、不意にディオスに手を取られた。


「確かに、リオンハルトならイゼリア嬢を見事にエスコートするだろうな。だが、俺だってできないわけじゃないぞ。残念ながら、聖夜祭のエスコートはヴェリアスに先手を打たれてしまったが……。セカンドダンスは俺に任せてくれ」


「っ!?」


 長身をかがめて俺の顔を覗き込んだディオスが、甘い笑みを浮かべる。


 誰もが見惚れてしまうような頼もしい笑顔に、ようやくおさまりかけていた動悸がまた騒ぎ出してしまう。


 数日前の生徒会では、俺とイゼリア嬢のセカンドダンス以降の順番も話し合った。


 イケメンどもも、ほんとやる気がみなぎっていて、妙に気合いの入った話し合いの結果、俺のセカンドダンスはディオスということになったんだけど……。


 いやっ、大丈夫だからっ! 別にここで練習してくれなくてもいいからっ!


 いつも穏やかなディオスの大胆な行動に、ばくばくと心臓がうるさく騒ぐ。


「は、はいっ。頼りになるディオス先輩なら、何も不安はないので……っ!」


 背中にそえられた大きな手から逃げるように距離を取ろうとすると、とん、と誰かにぶつかった。


「ご、ごめんなさい……っ!」


 驚いて振り返った俺の後ろに立っていたのはクレイユだ。


 銀縁眼鏡をかけた整った面輪が思った以上に近くにあって、どきりとしてしまう。


「いや、大丈夫だ」


 俺の両肩を掴んで支えたクレイユが、にこりと微笑む。いつもクールなクレイユとは別人みたいに優しい笑み。


「だが、ディオス先輩が頼りになるのはもちろんだが、わたしにも頼ってほしい。せっかく同じ学年なんだ。ディオス先輩には話しにくいささいなことでも、遠慮せずに何でも相談してもらいたい」


「そうだよっ! クレイユだけじゃなくって、ぼくにも何でも相談してねっ!」


 俺の手を握って、エキューが身を乗り出す。


「ハルシエルちゃんにはいっぱい助けてもらってるもん! ぼくにもお返しするチャンスをくれたら嬉しいな」


 天使みたいな可愛い笑顔が間近に迫り、「はうっ!」とくらくらしそうになる。


 リオンハルトの笑顔も破壊力が高いけど、エキューのきらきらした笑顔も破壊力がすげぇ……っ!


 いや、それでいけば頼もしいディオスの穏やかな笑顔も、ふだんはつんつんしているクレイユが不意に見せる優しい笑みも、攻撃力が高いんだが……っ!


 っていうか、俺は中身は男だからっ!


 いくらイケメンでも、男の笑顔にどきどきする趣味なんてないからっ!


 くそぅっ、なんでさっきからこんなに心臓がどきどきしてるんだよ……っ!? 落ち着け、俺の鼓動っ!


 イケメンどもも俺にぐいぐい来るんじゃねぇっ! 最近、平穏が続いてるかなとちょっと思ってたのに……っ!


 なんだ、どうしたっ!? 俺が知らないうちに、急に何かのイベントでも始まったのか!?


「ちょっとぉ〜。ハルちゃんは俺のパートナーなんだぜ?」


 ディオスとクレイユ、エキューのイケメントライアングルから逃げようとおたおたしていると、不意に横から別の手が伸びてきた。


 ぐいっと俺を抱き寄せようとしたのはヴェリアスだ。


 だが、クレイユとエキューが肩や手を掴んでいるせいで叶わない。


 ぎゃ――っ! 脱出するどころか、イケメントライアングルがイケメンスクエアになったじゃねぇかっ! これぞまさに四面楚歌……っ!


 ヴェリアスの言葉に、ディオス達がいっせいに顔をしかめる。


「ヴェリアス、確かに聖夜祭ではお前がハルシエルのエスコートをすることになったが、あくまでも『聖夜祭限定』のことだ。まるで他でもパートナーのような誤解を招く言い方は、ハルシエルのためにもよくないだろう」


 ディオスの言葉にクレイユが追随する。


「ディオス先輩のおっしゃるとおりです。あまりに真実と乖離かいりしたことを言っていると、聖夜祭のエスコートも断られますよ?」


 険しい顔で告げたディオスとクレイユの言葉にも、ヴェリアスは動じない。


「ちょっとひと言抜けただけじゃ〜ん♪ そのくらいで愛想を尽かすほど、ハルちゃんは心が狭くないよね〜?」


 いや、心が狭い広いの問題じゃなく、イゼリア嬢がリオンハルトにエスコートされたこらには、もう、ヴェリアスにエスコートしてもらう意味は半減どころかほとんどないと言っていい状態なんだけどな……?


 でもここで断ったりしたら、ややこしい事態になるのは火を見るより明らかだ。


 それに、一応ヴェリアスはイゼリア嬢とリオンハルトのことを応援してくれるって明言してくれたしな! さっきもナイスなアシストをしてくれたし。


 というわけで、俺はしぶしぶ頷く。


「約束したからには、ヴェリアス先輩にエスコートを引き続きお願いするつもりです。……まあ、すでに愛想はほぼ尽かしてますけどね」


「ひっ、ひどいっ! ハルちゃん……っ! 俺はこんなに尽くしてるのに……っ!」


 言った瞬間、ヴェリアスが「がーん!」という文字が見えそうな顔で嘆く。


 おいこらっ! そんな顔をしてもだまされねぇぞ!


 っていうか、そう言いつつ、さらにすがりついてくるんじゃねぇっ! そういうところが愛想を尽かす原因なんだよっ!


「っていうか、みなさんいい加減、放してくださいっ!」


 ええいっ! いつまでもくっつくな――っ!


 イケメンどもにあてられて、ずっとどきどきが収まらないだろ――っ!


 俺はイケメンどもにときめく趣味なんざねぇんだよっ! 俺がときめきたいのはイゼリア嬢おひとりだけなんだからっ!


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