421 先を越されたのがそんなに悔しいのか!?



「やあ、今日は少し遅かったんだな、ハルシエ――っ!?」


 生徒会室の扉を開けると、先に来ていたディオスに真っ先に声をかけられた。中央のテーブルについたディオスが笑顔で俺を振り返り――。


 俺の腰に手を回し、手のひらを重ねて隣に立つヴェリアスを見て凍りつく。


「ハルシエル!? ヴェリアス、これはいったい……っ!?」


 目を瞠ったディオスが、椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がり、足早に扉へ進んでくる。いや、ディオスだけじゃない。クレイユとエキューも慌ただしく立ち上がって、俺達のほうへ押し寄せる。


 俺が答えるより早く、楽しげに唇を吊り上げたのはヴェリアスだ。


「見たまんまだよ。オレが聖夜祭でハルちゃんのエスコートを務めるコトになったから、練習してるってワケ♪」


「っ!?」


「あっ、もちろん、ちゃんとハルちゃんに申し込んでOKをもらってるぜ♪」


 息を呑んだディオス達が言を継ぐより早く、ヴェリアスが告げる。


 途端、三人が目を瞠り、ショックを受けたように押し黙った。


 うん? 三人ともどうしたんだろう……? ヴェリアスが紳士的に俺をエスコートしてるのがそんなに意外だったんだろうか……? っていうか!


「ヴェリアス先輩! いい加減、放してくださいっ!」


 いつまでも俺にくっついているヴェリアスの手を振り払う。


 もう、イゼリア嬢とリオンハルトばかりか、生徒会役員全員に話したんだから、十分だろ!? とっとと離れろっ!


「も~っ、ハルちゃんってば、ほんと照れ屋だよね~♪」


「だから照れてませんってば! 何をどう勘違かんちがいしたらそう思えるのか、ほんと謎ですっ!」


 俺とヴェリアスがうるさくやりあっている間も、ディオス達はヴェリアスの言葉を咀嚼そしゃくするように沈黙している。


 ややあって……。


「そうか……」


 ディオスが、何かを吹っ切るように大きな吐息をこぼした。


「ハルシエルが選択したことなら、俺にとやかく言う資格はないな」


「ディオス先輩……」


 気遣わしげにディオスを見たクレイユが、次いで真っ直ぐな視線を俺に向ける。


「ハルシエル嬢。きみの口から、ちゃんと答えを聞いておきたい。確認するがが、いまヴェリアス先輩が言ったことは、本当なのか?」


 銀縁眼鏡の奥の蒼い瞳は、思わず気圧けおされそうなほど、真剣この上ない。


「その……っ、別に疑ってるわけじゃないんだよ!?」


 なんとなく不穏になった空気を打ち消すように、エキューがあわてて口をはさむ。


「ただその、急で意外だったから、びっくりしちゃって……っ!」


 クレイユとエキューの言いたいことは、わからないわけでもない。きっとヴェリアスの信用がないせいだろう。気持ちはわかる。


 ちらりとディオス達の向こうを見ると、テーブルについてこちらの様子をうかがっているイゼリア嬢とリオンハルトの姿が目に入った。


 リオンハルトがこちらへ来ていないのは、昼休みの時点で、ヴェリアスが俺をエスコートすることを知っているからだろう。


 俺に気を遣う必要はすでにないんだから、とっととイゼリア嬢に申し込んでほしいんだけど……。


 もう申し込んでるよなっ!? お願いだから申し込んでいてほしいっ!


 いやっ、まだだとしたら、俺がこれからリオンハルトの背中を押してみせるっ!


 心の中で気合いを込めながら、俺はディオス達を見回して答える。


「はい。さっきヴェリアス先輩が言ったとおりです。ヴェリアス先輩にエスコートをお願いすることになりました。ピエラッテ先輩に教えてもらったんです。エスコート無しで参加する女生徒はほとんどいないらしいって……。そんな時に、ヴェリアス先輩が最初に申し込んでくれたのでお願いすることにしたんです」


 あくまでも『たまたま』だと強調する。


 たとえ、エスコートしてもらうことになったからって、ヴェリアスとイベントを起こす気なんて、これっぽっちもないからなっ!


「出遅れてしまったか……っ!」


 答えた瞬間、ディオスが悔しげに拳を握りしめる。


 クレイユも無言だが、何やら悔しげだ。


 どうしたどうしたっ!? ヴェリアスに先を越されたのがそんなに悔しいのか!?


 ……まあ、このドヤ顔を見てると、大したことじゃなくても、ヴェリアスに出遅れたのが悔しい気持ちはわからなくもない……。


 残念そうに吐息したのはエキューだ。


「そっかあ。ヴェリアス先輩のほうが早かったんだね。でもハルちゃん、ファーストダンスはエスコート役のヴェリアス先輩と踊るとして、そのあとのダンスは僕とも踊ってくれる?」


「え?」


 エキューの言葉に、俺は呆けた声を洩らす。同時に、ディオスとクレイユが天啓を得たように顔を上げた。


「そうだな! ハルシエル、俺とも踊ってもらえるだろうか?」


「ダンスパーティーを盛り上げるのも生徒会役員の務めのひとつだからな。ハルシエル嬢。ぜひわたしともお願いしたい」


 エキューだけでなく、ディオスとクレイユも身を乗り出す。


 いやそりゃあ、イケメンどもがダンスをしたら盛り上がるだろうけどさ。でも相手は俺でなくてもいいんじゃ……?


 っていうか、一緒にダンスなんてしたらイベントが近づきそうで嫌だ――っ!


「イゼリア嬢! イゼリア嬢もみなさんと踊るんですか?」


 助けを求めてイゼリア嬢に問いかけると、あっさりと頷かれた。


「ええ、もちろんですわ。代々、生徒会役員はダンスを披露していると聞いてますもの。生徒会の一員として、しっかり務めは果たさなくては」


 さすがイゼリア嬢ですっ! 真面目なところも素敵です……っ!


 でも……。イゼリア嬢が生徒会役員としてイケメンどもと踊るというのなら、俺も嫌がっているわけにはいかない。


 せっかく、最近イゼリア嬢と仲良くなれつつあるのに、呆れられるわけにはいかないもんなっ!


「わかりました。そういうことでしたら、私もしっかり務めますっ!」


 俺の返事に、ディオス達がほっとした表情になる。


 が、いまの俺はディオス達にかまっている暇なんかない。俺の心を占める重要事があるんだから!


「ち、ちなみに……」


 緊張に声がかすれそうになるのを感じながら、おずおずと口を開く。


 イゼリア嬢はすでにリオンハルトにエスコートを申し込まれたのかどうか、心の底から確認したい……っ!


 けど、もしまだだったら、下手に聞いたらイゼリア嬢のご機嫌をそこねかねないし……っ!


 あぁぁ~っ! どうしたらいいんだ……っ!


 悶々もんおんと悩んでいると、俺の苦悩も知らず、ヴェリアスがあっさりとイゼリア嬢に問いかけた。


「ところで、イゼリア嬢はエスコートの相手は決まってるわけ?」


 ヴェリアス――っ! お前っ、そんな直球どストレートにっ!


 いや、俺も聞きたかったけど!


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