420 オレなりに考えて迎えにいったんだぜ?


「なんてことするんですかっ!?」


 とっさに手を引き抜こうとするも、それより早くぎゅっとヴェリアスに指先を握られる。


「じゃ、行こっか♪ ハルちゃん♪」


 くいっと俺の手を引いたヴェリアスが素早く俺の隣に並び、さり気ない仕草で俺の腰の後ろにもう片方の手を回す。


 俺が抵抗する間もなかった。ヴェリアスが歩く動きにあわせて、まるで魔法にかけられたかのように俺の身体も勝手に歩を進めてしまう。


 俺がようやく正気を取り戻したのは、四階への階段を上がる途中だった。


 教室がある階を過ぎれば、生徒の姿はほぼなくなってしまう。


「い、いい加減放してくださいっ! いったい、何を考えてるんですかっ!?」


 ヴェリアスに握られたままの手を振り払って身じろぎして離れようとするも、強い力で掴まれてるわけではないはずなのに離れない。


「そもそも、エスコートの練習なんているんですかっ!?」


 教室に迎えにきたヴェリアスを見て、いったいどんな噂が流れるのか……。考えるだけでうんざりする。


「仮に練習が必要だとしても、教室まで迎えにくる必要はないでしょう!?」


「えっ? じゃあ明日からは、毎朝、家まで迎えに行けばいいってコト?」


 なんでそうなるんだよっ!? ぱぁっと顔を輝かせたヴェリアスに、すかさずツッコむ。


「断固! お断りですっ! そんなことをしたら、速攻でエスコートをお断りしますからねっ!?」


 毎朝、ヴェリアスと一緒に登校なんて、どんな罰ゲームだよっ!?


「もういい加減、放してくださいっ!」


 ようやく自由になった俺は、階段の踊り場で向かい合って文句を言う。


「そもそも、教室に迎えにきていただかなくて大丈夫ですって話をしてるんですっ!」


「でもさあ、オレなりに考えてハルちゃんを迎えにいったんだぜ?」


 俺が睨みつけても、ヴェリアスは飄々ひょうひょうとしたままだ。


「オレが迎えに行ったことで、ハルちゃんをエスコートするのがオレだって知れ渡るじゃん?」


「そうですね……」


 こんな性格でも、ヴェリアスが人気者なのは確かだ。そんなヴェリアスにエスコートされるとなれば、今日、教室に迎えに来たこととあわせて、クラスメイト達の間だけじゃなく、学園中で噂になるに違いない。


 ……考えるだけで頭痛がしてきた……。


 イケメンどもと絶対にイベントなんて起こすもんかと思ってたのに、なんでこんなことに……っ!


 イゼリア嬢のために動くのに否はないけど、それでもできるだけイベントからは遠ざかろうと思ってるのに……っ!


 はぁぁっ、と思わず大きくため息をつくと、ヴェリアスが困ったように苦笑した。


「も〜っ、ハルちゃんってば、そんな顔しないでよ〜。オレが迎えに行ったのには、大きな意味があるんだってば! これで、ハルちゃんにエスコートを申し込もうとする不埒者ふらちものは一掃されるんだぜ? いちいち申し込まれては断るってゆー面倒から解放されるじゃん! 感謝してもらってもいいくらいだと思うケド」


「……はい? 何を言ってるんですか。そもそも私にエスコートを申し込む人なんていませんよ」


 ヴェリアスの言動に惑わされてなるものかと、じとっと睨むと、ヴェリアスがきょとんと紅の目を瞬いた。


 かと思うとぶはっ! と吹き出す。


「ちょっ!? ハルちゃん本気っ!? いったいどれだけの男子生徒が……。いやまあ、オレ達生徒会役員を差し置いて動く生徒はそうそういないだろうけどさ……」


 何やらぶつぶつと謎の言葉を呟いたヴェリアスが、


「まっ、そんなとこもハルちゃんらしくて可愛いけどねっ♪」


 と、にぱっと笑う。


「何かごまかしてませんか? っていうか、これがほんとにイゼリア嬢のためになるんでしょうね!? そうじゃなかったら許しませんよ!?」


 まなざしを鋭くした俺に、ヴェリアスが、「もっちろん♪」とあっさり請け合う。


「考えてごらんよ? 生徒会の女子はハルちゃんとイゼリア嬢の二人だけなんだぜ? 当然、周りの生徒達は二人が誰にエスコートされるか、注目してるだろうし……。そんな中、いち早くハルちゃんの相手が決まれば、残るイゼリア嬢の相手に興味が集中するに決まってるじゃん? リオンハルトがイゼリア嬢をそんな状態で放っておくと思う?」


「な、なるほど……っ!」


 俺にまでいろいろと世話を焼いてくれるくらいだし、リオンハルトが気遣いにけているのは確かだ。


「つまり、間接的にリオンハルト先輩の背中を押すっていう作戦ですねっ!?」


「そーいうこと♪」


 ウィンクしたヴェリアスに、心からほっとする。


 よかったぁ……っ! 俺、ちゃんとイゼリア嬢のお役に立ててる……っ!


 これほど嬉しいことはありませんっ!


「私、ちょっとヴェリアス先輩のことを見直しましたっ! 単に引っかき回すのが趣味なのかと疑ってましたけど……」


「……俺はこんなにハルちゃんに尽くしてるのに……っ! なんでそんな評価になるのか、こんこんと問い詰めたいところだけど……。ま、いまは置いといて。とゆーワケで、作戦続行といこっか♪」


 俺が止める間もなく、離れていたヴェリアスがすっと俺に身を寄せ、腰に手を回す。


「ちょっ!? 何をするんですかっ!? もう不必要でしょう!?」


「な~に言ってるのさ。いまからが本番じゃん♪ オレがちゃあんとハルちゃんに認められたって生徒会でも見せつけて、リオンハルトの背中を押さなきゃ!」


「う……っ」


 そう言われたら、断るなんてできない。


「言っておきますけど、生徒会室に入ったらすぐに放してくださいよっ!?」


 念押ししてから、俺はしぶしぶヴェリアスに従った。


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