419 やっほ~、お迎えに来たよ~♪


 昼休みに、ヴェリアスのエスコートを受けると決めた放課後。


 ホームルームが終わり、生徒会室へ行こうとうきうきと鞄を手に持ったところで、急に教室の出入り口がざわめいた。何やら悲鳴らしきものまで聞こえる。


 いったい何があったんだろうと、振り返った俺の目に映ったのは。


「やっほ~、ハルちゃん♪ お迎えに来たよ~♪」


 にこにこと満面の笑みを浮かべ、俺に手を振るヴェリアスの姿だった。


「ヴェ、ヴェリアス先輩っ!? 迎えって……!? いったいどういうことですかっ!?」


 そんなの、まったく頼んでねぇっ! 昼休みに別れた時は、まったく何も言ってなかっただろ!? いきなり何だよっ!?


「ヴェリアス様っ、お会いできて嬉しいですわ!」


「ヴェリアス様に迎えにこられるなんて……っ! もしかして、オルレーヌさんはヴェリアス様と……っ!?」


 ヴェリアスを取り囲んできゃあきゃあと黄色い声を上げるクラスメイト達のほうへあわてて歩を進めると、さっと人垣が割れた。


 その中央では、鞄を持ったヴェリアスがひらひらと俺に手を振っている。


「え〜っ、どういうコトって、決まってるじゃん♪ 聖夜祭ではオレがハルちゃんのパートナーなんだからさ♪ いまからエスコートに慣れてもらおうと思って♪ ハルちゃんってエスコートされることに慣れてないだろ?」


 ヴェリアスの言葉に、周りがどよめく。


「まぁ……っ! いったいどなたがオルレーヌさんのエスコートをなさるのかと思っておりましたけれど、ヴェリアス様ですのね……っ!」


「ああっ、皆様の間でどんな熱い戦いがあったのかしら……っ! 想像するだけでどきどきしますわ……っ!」


「ヴェリアス様にエスコートされるなんて、羨ましいことこの上ありませんわ……っ!」


「そうか……。高嶺の花のオルレーヌさんは、きっと生徒会役員の誰かに申し込まれると思ってたけど……」


「やっぱり俺達じゃかないっこないよなぁ……」


 女生徒だけじゃなく、男子生徒も何やらぶつぶつ言ってるが、ざわめきが大きくてよく聞こえない。


 そんなに羨ましいならいますぐ代わるぞっ!? っていうか、聖夜祭のパートナーって何だよっ!? エスコートまでしか頼んでねぇっ!


 教室にまで迎えに来るなんて、どんな不意打ちだよっ! くそぅっ、知ってたらホームルーム終了と同時に、速攻で出ていったのに……っ!


 脳内で叫ぶも、口には出せない。


 というか、ヴェリアスの言葉に、嫌な予感がどんどん大きくなる。


「あの、ヴェリアス先輩。もしかして、今日だけじゃなく、これからしばらく迎えに来る気じゃありませんよね……っ!?」


「やだなぁ、ハルちゃん♪」


 俺の問いかけに返ってきたのは、この上なくイイ笑顔だった。


「しばらく、じゃなくて聖夜祭までだよ♪ せっかくハルちゃんを堂々と迎えに行けるチャンスだからね♪ 聖夜祭でハルちゃんが困らないように、オレが手取り足取り教えてあげるから♪」


「けっこうですっ! つつしんで心の底からご遠慮しますっ!」


 毎日放課後ヴェリアスに迎えにきてもらうなんて、何の罰ゲームだよっ! 絶対、嫌だっ!


 心の底から断ったにもかかわらず、ヴェリアスのにやけ顔は変わらない。


「も〜っ、ハルちゃんったら照れちゃって〜♪」


 照れてねぇっ! 心底お断りしたいんだよっ!


 周りは、


「まぁっ、ヴェリアス先輩ってお優しいですのね……っ!」


「こんなに気遣っていただけるなんて、オルレーヌさんって本当に大切にされてらっしゃるのね……っ!」


 ってヴェリアスをもてはやしてるけど、俺自身は絶対にお断りだからっ!


 いったいどうすればヴェリアスに理解してもらえるんだろうと悩んでいると。


「生徒会に遅れても困るしね。そろそろ行こっか♪」


 すっ、と姿勢を正したヴェリアスが、恭しく俺に手を差し伸べる。


 いつもは軽薄なくせに、貴族らしくちゃんとふるまうと思わず見惚れてしまいそうなほど優雅な仕草だ。


 周りからも、思わずと言った様子で感嘆の吐息がこぼれる。


 くぅぅっ! 確かに、ヴェリアスのこの動きに見合う優雅さがかもし出せるかと言われたら、自信はないけど……。


 ここで負けないくらい優美に動いて、慣れる練習なんていらないと示してやるぜ……っ!


「わざわざ、お手間をおかけして申し訳ありません。エスコートをありがとうございます」


 言外に、今後はけっこうです! という意思を込め、できるだけ上品に見えるように微笑む。


 鞄を持っていないほうの手をヴェリアスの手のひらにそっと重ねた途端。


「きみのためなら、手間だなんて感じないさ。オレの可愛いお姫様♪」


 不意に俺の手を持ち上げて身を屈めたヴェリアスが、ちゅっ、と指先にくちづけを落とす。


「っ!?」


 息を呑んだ瞬間、きゃ――っ! と周りからすさまじい悲鳴が上がった。


「ヴェリアス様ったら、なんて大胆な……っ!」


「素敵ですわっ、素敵ですわ~っ!」


「だめ、もうわたくし気絶してしまいそう……っ!」


 俺だって気絶するかと思ったよっ!


 ヴェリアスてめぇ……っ! 衆人環視の中、何しやがる――っ!


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