418 オレも手伝うのはやぶさかじゃないんだけどな~♪


 声を大にして詰め寄りたいが、お門違いだというのはさすがにわかる。


 うぅぅ……っ! あんなにおそばにいるのに、俺だけがイゼリア嬢のお気持ちに気づいていなかったなんて……っ! ファン失格ですっ! イゼリア嬢っ、本当に申し訳ございません……っ!


 悔しいやら哀しいやら、無力感にさいなまれて、涙が出てきちゃいそうだ。唇を噛みしめてこらえていると、ヴェリアスが困ったように眉を下げた。


「も~っ、ハルちゃんってば、そんな顔しないでよ~。なんかオレがいじめたような気持ちになっちゃうじゃん。でもさ、いままで気づいてなかったのに、なんで急に気づいたワケ? しかも、ここ最近の生徒会での言動を見てると、やたらとイゼリア嬢のことを応援してるみたいだし」


「えっ!? もしかして、イゼリア嬢や周りにバレたりしちゃってますか!?」


 泡を食ってヴェリアスに尋ねる。


 俺が応援していることを知って、イゼリア嬢が、


『まぁっ! オルレーヌさんったら、わたくしを応援してくれるなんて……っ! 嬉しいですわ! わたくしの気持ちを察してくれるなんて、あなたはやっぱり親友ね!』


 となってくれたら万々歳だけど、逆に、


『オルレーヌさん!? 余計な手出しはやめてくださるかしら! 人の恋路に口出しをするなんて……っ! デリカシーのない方ですのね!』


 と軽蔑される可能性だってある。


 ピエラッテ先輩にも余計なことはしないようにって釘を刺されたくらいだし……。後者の可能性は大いにあるっ!


 イゼリア嬢に軽蔑されてしまうなんて、そんなの耐えられませんっ!


 うろたえる俺をいなすように、ヴェリアスが「いや、大丈夫じゃないかな~」とお気楽に笑う。


「オレがハルちゃんがイゼリア嬢の恋心を知ってるって気づいたのも、たまたまハルちゃんの隣の席になったからだしね♪ 他の面々はまだ気づいてないんじゃないかな~?」


「そうなんですね……。よかったぁ~!」


 ほっ、と安堵のため息をついた俺の顔をヴェリアスが覗き込む。


「っていうか、オレもハルちゃんに聞きたいんだけど、ハルちゃんは何がきっかけでイゼリア嬢の恋心に気づいたワケ? 特筆するようなきっかけってあったっけ?」


「それは、えっと……。ひょんなことから、ピエラッテ先輩に指摘されて……」


「へ~っ、ピエラッテ嬢にねぇ」


 ピエラッテ先輩の名前が出てきたのが意外だったのだろう。ヴェリアスが目を丸くする。


「確か、文化祭で展示をするまで、ピエラッテ嬢とは面識がなかったんでしょ? モデルを務めるのも数回程度なのに、よくそんな急に仲良くなれたね~♪ さっすがハルちゃん。ほんと人タラシだよね~♪」


「タラシだなんて、人聞きの悪いことを言わないでもらえます!? 軽薄なヴェリアス先輩とは違うんですから!」


「ちょっ!? ヒドくないっ!? オレはこんなにハルちゃんひとすじなのに……っ!」


 ヴェリアスがよよよ、と泣き真似をするが、真面目に相手する気はない。


「冗談はけっこうです! リオンハルト先輩のお誘いを断る口実になってくれたのは感謝しますけれど……」


 ほんと、さっきのはヤバかった……っ!


 イゼリア嬢のために、絶対にリオンハルトの申し出を受けるわけにはいかなかったけど、リオンハルトって優雅な見た目に反して、かなりぐいぐい来るからな……っ!


 うっかり発言したことを変に誤解されて、承諾したと勘違いされたら、イゼリア嬢に顔向けできない。腹をかっさばいて詫びても足りないくらいだ。そんな羽目にならなくて本当によかった。


「でも、リオンハルト先輩は諦めてくれましたし、本当にヴェリアス先輩にエスコートしてもらう必要はありませんよね。どうぞ、ヴェリアス先輩もお好きな方を誘って――」


「ちょっ!? ハルちゃんってば何を言うのさ!」


 これ以上ヴェリアスに用はないときびすを返そうとすると、あわてた声を上げたヴェリアスに、ぐいっと手を掴まれた。


「せっかくハルちゃんが受けてくれたっていうのに、撤回するわけないじゃん! それに、ハルちゃんってば甘すぎるよ!」


「はい?」

 眉を寄せた俺に、


「も~っ、ハルちゃんってば全然わかってないな~♪」


 と、ヴェリアスは俺を掴んでないほうの手のひとさし指を立て、ちっちっち! と顔の前で振る。


「聖夜祭のエスコートをハルちゃんに申し込もうと狙ってるのは、リオンハルトだけなワケがないじゃん! ディオスやクレイユ、エキューだって、チャンスを狙ってるぜ?」


「えぇぇっ!? そんなっ、気遣いなんていらないのに……っ!」


 いやもうほんとっ! 本気で! 心から! 遠慮するっ!


 俺を気遣ってくれるイケメンどもの優しさは素晴らしいと思うけど、ほんと、俺にとってはありがた迷惑なんだよな……。


「ぶぷーっ! この期に及んで『気遣い』って……っ! まぁ、そこがハルちゃんらしいケドさ♪ でも」


 ヴェリアスが紅の瞳を悪戯っぽくきらめかせて俺の顔を覗き込む。


「もう、オレと約束してるって言えば、ディオス達の誘いもあっさり断れるぜ? 何より、一度はオレの申し込みを受けておきながら断ったってなれば、イゼリア嬢とリオンハルトに気を遣わせるに違いないケド、ハルちゃんはそれでいいワケ?」


「う……っ!」


 ヴェリアスめ……っ! その言い方は卑怯だぞ……っ!


 俺のことでイゼリア嬢にお気を遣わせるなんて、そんなこと、許せるハズがないだろ――っ!


「それにさ、考えてみなよ♪」


 言葉に詰まった俺に、ヴェリアスがさらにたたみかける。


「生徒会メンバーの中で、ハルちゃんがイゼリア嬢の恋を応援してるって知ってるのはオレだけだぜ? ハルちゃんがこのまま俺のエスコートを受けてくれるんなら、オレもイゼリア嬢とリオンハルトが結ばれるのを手伝うのは、やぶさかじゃないんだケドな~♪」


「く……っ!」


 ピエラッテ先輩に表立って動かないようにと言われてる俺にとって、たとえヴェリアスであったとしても、手伝ってくれる存在はありがたい……っ!


 くそぅっ、オレの足元を見やがって……っ! ヴェリアスのこのドヤ顔、超腹が立つ……っ!


「とゆーワケでさ♪ どう? このまま、ほんとにオレのエスコートを受けてくんない?」


 ぱちり、とヴェリアスがウィンクする。


 ヴェリアスの口車にうまく乗せられているようで、釈然としないけど……っ!


 イゼリア嬢の恋の成就に少しでもお力になれるのなら、たとえ火の中水の中っ! ヴェリアスのエスコートだって受け入れてみせますっ!


「わかりました。お受けします……。けどっ、誤解しないでくださいよっ!? イゼリア嬢のために受けるだけなんですからねっ!?」


「もっちろん♪ わかってるって♪」


「言っておきますけど、イゼリア嬢の恋路を引っかき回したりしたら、この私が許しませんからねっ!?」


「ちょっ!? ハルちゃん、ヒドくない!? さすがにそんなことするわけないじゃん! オレだって、リオンハルトとイゼリア嬢がくっついてくれたらいいなって、心から思ってるよ!」


 きりっ! と真剣な顔で宣言するヴェリアスは、確かにいつもより真面目そうに見える。


「とゆーわけで、オレとハルちゃんの二人でイゼリア嬢の恋の応援隊ってコトでどう?」


 イゼリア嬢のために、と言われたら、俺に断れるわけがない。


 なんだか、ヴェリアスにいいようにたぶらかされてる気もするけど……。


 虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うしなっ! イゼリア嬢のためなら多少のリスクもどんとこいっ!


「一緒に応援してくれるっていうヴェリアス先輩の言葉、信じますからねっ! ほんとにほんとにお願いしますよっ!?」


 だましたら許さない! という気持ちを込めて睨み上げると、ヴェリアスがうぐっと言葉に詰まった。


「ちょっ、ハルちゃん、上目遣いは反則……っ!」


 何やら呟いているが、口元を手で覆っているのでくぐもってよく聞こえない。


 と、手を下ろしたヴェリアスがにぱっと笑う。


「大丈夫だって♪ オレがハルちゃんの信頼を裏切るワケないだろ~♪」


 いや、ヴェリアスだからいまひとつ信用が置けないんだけど……。


 そう思うが、同じ生徒会役員に味方がいるというのは心強い。


「んじゃ、よろしくね♪」


 差し出されたヴェリアスの手を、俺はぎゅっと握り返した。


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