417 エスコートの約束をしたというのは、本当なのかい?


 言われた内容がぐるぐると頭の中を回る。


 ようやく頭が理解した瞬間、俺の脳内を占めたのは激しい怒りだった。


 ふざけんなっ、お前っ! リオンハルト……っ! お前が誘うべきは俺じゃなくてイゼリア嬢だろ――っ!


 なに俺を誘おうなんて考えてるんだよっ! イゼリア嬢がお前のことをけなげに想ってらっしゃるっていうのに……っ!


 イゼリア嬢を泣かせたら本気マジで許さねぇからなっ!


 お前が誘うのはイゼリア嬢一択だろ――がっ!


 イゼリア嬢を誘う気がないんなら俺と代われっ! 俺なんて、誘いたくても同性だから誘えないっていうのに……っ!


 唇を引き結び、わなわなと震える俺に、リオンハルトがいぶかしげな表情になる。


「ハルシエル嬢、失礼だが……。もうヴェリアスと、エスコートの約束をしたというのは、本当なのかい?」


「それは……」


 もちろん、俺はヴェリアスにエスコートしてもらう約束なんて、まったく全然していない。


 っていうか、どっから湧いてきた、お前っ!? 急に後ろから抱きつくなんて、心臓に悪いだろーが!


 いつまで抱きついてるんだよっ! いい加減離れろっ!


 俺がヴェリアスの腕を振り払おうとするより早く、ヴェリアスが顔を寄せてくる。


 ふっ、と耳朶じだを吐息がかすめたかと思うと、するりと低い囁きが俺の耳に忍び込んだ。


「ハルちゃん、頷いてよ♪ リオンハルトにイゼリア嬢のエスコートをさせたいんデショ?」


「っ!?」


 ヴェリアスの言葉に息を呑む。同時に、前回、美術室でピエラッテ先輩が話していたことを思い出す。


『きみのパートナーがいつまでも決まらないと、生徒会役員の面々もきみを気遣うんじゃないかと思ってね』


 こ、これか! ピエラッテ先輩が言っていたのは……っ!


 俺がエスコートしてもらう相手を決めないことでイゼリア嬢にご迷惑をかけるかもっていうのが、いま、ようやくわかったぜ……っ!


 っていうかリオンハルト! 俺を気遣う必要なんてまったくないからっ! 俺に気を遣う暇があるなら、イゼリア嬢を気遣えっ!


 誇り高いイゼリア嬢は表には出してらっしゃらないけれど、きっと心の中ではリオンハルトにエスコートを申し込まれるのをずっと待っていらっしゃるはず……っ!


 こんなとこで俺のエスコートに気を遣っている余計な時間があるなら、とっととイゼリア嬢をお誘いに行きやがれっ!


 そのためにも――。


「はい、ヴェリアス先輩の言うとおりですっ! 私のエスコートはもう、ヴェリアス先輩にお願いしましたので、リオンハルト先輩は、どうぞ先輩が本当に誘うべき方を誘ってくださいっ!」


 身体に回されていたヴェリアスの腕を乱暴に振りほどいた俺は、リオンハルトに正面から向き直る。


 碧い瞳を真っ直ぐに見上げ、きっぱりと告げると、リオンハルトが虚をつかれたように目を瞬いた。


「わたしが、本当に誘う相手……」


「ええ、そうです!」


 こっくりと力強く頷く。


 俺の口からイゼリア嬢の名前を出すのははばかられるけれど、これくらいならいいよなっ!?


「リオンハルト先輩も、お心当たりがおありでしょう?」


 じっ、とリオンハルトの目から視線を逸らさない。


 もし、心当たりがないなんて言ってみろ! イゼリア嬢に代わって、俺が鉄槌てっついをくだしてやるぜっ!


 しばし、リオンハルトと見つめ合い――。


 先に吐息とともに視線を外したのはリオンハルトだった。


「……そうか。きみがもう、エスコートしてもらう相手を見つけたというのなら、余計な誘いだったね」


 どことなく寂しげに微笑んだリオンハルトが、「失礼したね」と背を向ける。


 その姿が遠のいたところで。


「ちょっと、ヴェリアス先輩っ! さっきのはどういうことですかっ!?」


 俺は一歩離れたところで俺とリオンハルトのやりとりを見守っていたヴェリアスに詰め寄った。


「え? どういうコトって……? さっき、ハルちゃんの耳元で囁いたとおりだケド? リオンハルトがイゼリア嬢を誘うために、ハルちゃんが応じるワケにはいかなかったデショ? 俺が先にOKをもらってるって知れば、リオンハルトも諦めるだろうって、口裏を合わせてもらったケド……」


 不意に、にぱっと笑ったヴェリアスが一歩踏み出し、ぎゅっと俺を抱き寄せる。


「ハルちゃんがオレの誘いを受け入れてくれるなんて、これはもう、両想いってコトだよねっ!」


「そんなわけあるはずがないでしょう! 目を開けたまま寝言を言わないでくださいっ!」


 ヴェリアスを引きはがそうと、力いっぱい押し返すが、ヴェリアスの腕は離れない。


 おいっ! 本気で離れろっ! さっきからべたべたくっつきすぎなんだよっ!


 離れようとしないヴェリアスに堪忍袋の緒が切れ、右手に持っていた空のお弁当箱が入った巾着を振り回して脇腹を殴ると、「いてっ」と声を上げたヴェリアスがようやく腕をゆるめた。


 ささっと距離をとった俺は、警戒心もあらわにヴェリアスを睨みつける。


「というか、どうしてヴェリアス先輩がイゼリア嬢のことをダシにするんですかっ!? 私はリオンハルト先輩にイゼリア嬢を誘ってほしいなんてひと言も――、っ!」


 問い詰めかけて、余計なことまで言ってしまったと気づき、あわてて口を押さえる。


 ヴェリアスがくすりと笑みをこぼした。


「大丈夫だって♪ そんなに警戒しなくても、イゼリア嬢がリオンハルトに思いを寄せてるなんて、それこそ入学当時から知ってるし♪」


「え……っ!? えぇぇぇ……っ!? そ、そんな……っ!? 私が気づいたのはついこの間だったのに……っ!?」


 イゼリア嬢のことでヴェリアスに負けたのかと思うと、悔しくてたまらない。


 思わず拳を握りしめて悔しがると、ヴェリアスが紅の目を見開いた。


「え……。ひょっとしたらひょっとするかもって思ってたケド、ハルちゃんってば、ほんとにいまのいままでイゼリア嬢の気持ちに気づいてなかったワケ!? ハルちゃん以外の生徒会のメンバーは全員、知ってたっていうのに……っ!」


「えぇぇっ!? みなさん知っていたんですか……っ!? そ、そんな……っ!」


 知ってたんなら、もっと早くに教えてくれよ――っ!


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