416 昼休みに俺を探しに来たのは……っ!?


「試食会は、オルレーヌ家の財政的にはほんと助かるけど、教室で食べるのはやっぱりちょっと気を遣うよな……」


 ピエラッテ先輩に相談した三日後の昼休み、俺は中庭のひとつの人目につかないベンチで、ひとりお弁当を食べていた。


 お弁当箱の中に入っているのは、家政婦のマーサさんの心尽くしの手料理……ではなく、昨日の試食会で供されたシーフードの料理だ。前回は肉料理だったので、次は魚料理というわけらしい。


 例によって試食会のあまりを持って帰らせてもらい、夕食に家族で食べたのだが、それでも食べきれなかったため、お弁当にも入れてもらったのだ。


 ブリの竜田揚げや海老しゅうまい、鮭のピカタ、イカのフリッターなど、冷めていても十分おいしい。


 が、明らかにふだんのお弁当とは違う豪華なおかずを教室で食べるのははばかられて、こうして外で食べている。


 クラスメイトはいい人ばかりだから、生徒会のもらいもののおかずを食べていても、誰も何も言わないだろうけど……。


 せっかくの立食パーティーのメニューを先にバラしちゃ悪いもんな。


 冬が近づき、朝や夜は冷え込むようになっているけれど、今日は天気がいいので外で食べていても寒くはない。


 葉が落ちた枝の間から降りそそぐぽかぽかした陽射しを浴びながら食べるお弁当は、いつもと段違いに豪華ということもあり、とてもおいしい。


 ほんと、ハルシエルが少食なのが悔やまれるほどだ。


 ふだんは食べる量が少ない分、食費にかける負担が少なくて嬉しいところだけど、せっかくおいしい料理が目の前に山ほど並べられているのに、限られた量しか食べられないのは、元男子高校生としては悔しいことこの上ない。


「は~っ! おいしかったぁ~! ごちそうさまでした」


 食べ終わった俺は両手を合わせてから、マーサさんが手作りしてくれた巾着袋きんちゃくぶくろに空になったお弁当箱をしまう。


 ちなみにこの巾着袋には、少し前に手芸屋でイゼリア嬢のゴルヴェント家の家紋である鈴蘭のモチーフを買ってきて、自分で縫いつけている。


 こうやって少しずつイゼリア嬢とおそろいのグッズを増やしていくのは喜び以外の何物でもない。


 ああっ! いつかイゼリア嬢にこの鈴蘭のモチーフを気づいてもらえたらなぁ……っ!

 いや、その前にイゼリア嬢と一緒にお弁当を食べられる仲にならないとだけど!


 でも、俺のいろんな持ち物に鈴蘭のモチーフを増やしていってるし、イゼリア嬢もそのうち気づいてくださるハズ……っ!


 そしたら、鈴蘭のモチーフが好きだと伝えて、イゼリア嬢のことも好きだと間接的にお伝えするんだ……っ!


 心躍る妄想に、うぇっへっへ……っ! とアヤしい笑いをこぼしていると、すぐ近くで誰かが落ち葉を踏む音が聞こえた。


 俺は小さく咳払いするとさっと表情を戻す。人前であの笑いをこぼすのはさすがによろしくないとわかるくらいの分別はある。


 けど、いったい誰が来たんだろうと、そちらへ視線を向けると。


「ハルシエル嬢。ここにいたのか」


「リオンハルト先輩……っ!?」


 立ち並ぶ木々の向こうから姿を現したリオンハルトに、俺は驚きの声を上げた。


「きみに会えて嬉しいよ」


 にっこりと微笑んだリオンハルトの背景に、ぶわっと咲き乱れる薔薇の幻影が見える。


 うぉっ! まぶし……っ! 天気がいいのと相まって、ここだけ強い陽射しが降りそそいでいるかのようだ。


「えーと、こんなところまでわざわざどうしたんですか?」


 こちらへ歩み寄ってきたリオンハルトを迎えるように、巾着袋を持ってあわててベンチから立ち上がる。のんびりと座っていたらリオンハルトに問答無用で隣に座られそうだし!


 けどほんと、いったい何の用事だろう。


 俺がお弁当を食べていた場所は、校舎からやや離れていることもあって、ふだんはほとんど人気がない場所だ。


 そんな場所にわざわざ俺を探して来るなんて……。


 俺が疑問に思っている間に、リオンハルトが目の前までやってくる。


「その……。きみに話したいことがあってね……」


 俺の問いかけに、リオンハルトが珍しく言い淀んだ。


「話したいこと、ですか……?」


「ああ、その……」


 どことなくまぶしげに俺を見下ろしたリオンハルトが小さく微笑む。

 それだけで、俺の心臓がぱくりと跳ねた。


 いやいやいやっ! 落ち着けっ、俺の心臓っ!


 リオンハルトに微笑まれたくらいで、なんでこんなにどきどきしてるんだよっ!? リオンハルトの笑顔くらい、いままで何度も見てるハズだろっ!?


 心の中でそう叫ぶのに、なぜだかリオンハルトから目を離せない。


 どきどきと鼓動が速まり、勝手に頬に熱が集まるのを感じる。


 まっすぐに碧い瞳で俺を見つめたまま、リオンハルトがゆっくりと口を開いた。


「聞きたいのは、聖夜祭のパートナーのことなんだ。誰かにもう、申し込まれたんだろうか? もし、まだだというなら――」


 リオンハルトの手が上がり、長い指先が俺の頬にふれそうになる。


 だが、リオンハルトがみなまで言うより早く。


「ざ~んねん♪ ハルちゃんはもう、オレの申し出を受け入れちゃったんだよね~っ♪」


「ひゃっ!?」


 不意に、肩と腰に腕が回されたかと思うと、後ろからぐいと抱き寄せられる。


 とん、と制服に包まれた胸板に背中が当たった拍子に、スパイシーなコロンの香りが花をくすぐった。


 この軽薄な声は、振り返って確かめるまでもない。


「ヴェリアス……!?」


 リオンハルトが碧い目を驚愕に見開く。俺の耳にヴェリアスの楽しげな声が届いた。


「とゆーワケだからさ♪ リオンハルトはハルちゃんを誘うのは諦めて、別の女のコを誘ってくれる?」


「っ!?」


 ヴェリアスの言葉に息を呑む。


 え…………? ちょ、待って……っ! いま何て……っ!?


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