414 こちらはすべて、ハルシエルお嬢様のためのドレスですわ!


「あの……。このデザイン画、ひょっとして、他の方のデザイン画も交ざってないですか……?」


 万が一、他のご令嬢のデザイン画も交じっていたら大変なことになる。心配になって尋ねると、


「何をおっしゃいますっ! こちらはすべて、ハルシエルお嬢様のためのドレスですわ!」


 とジョエスさんから力強い即答が返ってきた。


「先日お伝えしたとおり、ハルシエルお嬢様をいていると、どんどんインスピレーションが刺激されるのです! 結果、わたくしのデザイナー魂に火がつきまして、気がつけばこれほどの数に……」


 何やら照れたようにジョエスさんが頬に手を当てる。


「は、はあ……?」


 俺はクリエイティブなことなんてさっぱりわからない門外漢だけど、とりあえずジョエスさんの役に立てたようで何よりだ。


 ジョエスさんには、『白鳥の湖』の時、俺に素晴らしいアドバイスをくれたばかりか、素敵な衣装をデザインしてくれた恩があるからな!


 オデット姫の衣装は、イゼリア嬢の魅力を余すところなく引き出して、本当に素敵でした……っ!


 聖夜祭のイゼリア嬢のドレスも素晴らしいものをお願いしますっ!


「さあ、どうぞ、ご覧になってくださいませ!」


 ジョエスさんに促されるまま、十枚以上は優にあるデザイン画を一枚ずつ丁寧に見ていく。


 見終わったところで、ジョエスさんが意気込んだ様子で口を開いた。


「いかがでしょうか? お気に召したデザインはございますか!? もちろん、今回お持ちしたのはラフですので、ハルシエルお嬢様のご希望をうかがって、いくらでも変更可能でございます! 今回はまずハルシエルお嬢様と方向性の確認ができましたらと……っ!」


「えっ!? ここからさらに変わっていくんですか!? もうこれだけで、どのドレスも素敵極まりないと思うんですけれど……っ!」


 ジョエスさんの言葉に驚く。


 手元のデザイン画には、薔薇の花を思わせる華やかなデザインから、流水を連想させるすっきりとしたデザイン、大人っぽいものから可愛らしいものまで、さまざまなドレスが描かれている。


 どのドレスも見るからに素敵で、男のおれですらほれぼれしてしまう。


 もし俺が女子だったら、うっとりと感嘆のため息をついて、身体がひとつしかないことを嘆いていただろう。それほど素敵なドレスの数々だ。


 素晴らしく見えるのは、前回伝えた俺の希望を取り入れてくれて、ドレスの色がすべて、イゼリア嬢の瞳をイメージしたアイスブルーだという理由もあるかもしれない。


 俺の言葉に、ジョエスさんがぱぁっと顔を輝かせた。


「素敵と言っていただき、光栄でございます! ですが、せっかくのオーダーメイドのドレスですもの。わたくしはデザイナーとして、ハルシエルお嬢様に心から気に入っていただけるドレスを作りたいのです! いかがでしょうか? ハルシエルお嬢様が着てみたいと思われたデザインはございましたか?」


「えっと……」


 俺はもう一度、デザイン画を見直す。


「なんとなくで選んでもかまいませんか?」


「もちろんです! 気に入ったものを作るためには、その『なんとなく』という感覚も重要でございますから! いくつお選びいただいてもかまいませんよ」


「じゃあ……。これとこれ、このあたりがいいなと思ったんですけど……」


 俺はデザイン画の中から、できるだけ地味そうなドレスを三着選び、机の上に並べる。


「おや、ハルシエル嬢はシンプルなデザインが好みなのかい?」


 俺の隣に座り、一緒にデザイン画を眺めていたピエラッテ先輩が意外そうな声を上げた。


 ふつうはドレスのデザインの打ち合わせに他家の令嬢を同席させることは少ないのだが、俺がデザインからドレスを作ってもらうのは初めてということもあり、ピエラッテ先輩にはアドバイザーとして同席してもらっている。


 なんというか、いろいろ助けてもらいすぎていて、そのうち頭が上げられなくなるんじゃないかと思うほどだ。


「ハルシエル嬢なら、花のように可憐なドレスも、難なく着こなせそうだけれどね。まあ、シンプルなドレスはドレスで、ハルシエル嬢の素材のよさを引き立てるに違いないだろうけれど」


「いえいえいえっ、そんなことないですよ! その、先日もお伝えしたように、私はイゼリア嬢の引き立て役でいいので……。もともと、地味で目立たないほうが好みですし……」


 そうっ、ハルシエルは『キラ☆恋』のヒロインだけど、俺はヒロインになる気なんてまったくねえ……っ!


 俺は目立たずすみっこからイゼリア嬢を崇拝するモブでいいんだよ……っ! むしろ、イゼリア嬢の取り巻きモブがいたなら、それが最高だった……っ!


 まあ、もとの『キラ☆恋』でも、イゼリア嬢は孤高のお嬢様だったんだけど。


 でも、だからこそ、親友ポジションが空いてるってことだよなっ!?


 イゼリア嬢に褒めていただけるドレスを纏いつつ、さらにはイゼリア嬢を引き立てることができれば……っ!


 聖夜祭のダンスパーティーとなれば、学園のほぼ全生徒が参加する。そこで俺がイゼリア嬢と仲良くしているところを周りにも見せられたら、きっと他の生徒達が、


『まぁっ、二人とも生徒会に所属してらっしゃるから当然でしょうけれど、イゼリア嬢とハルシエル嬢ってやっぱり仲がよろしいのね』


『見るからに仲がよさそうで素敵……っ! きっとあのドレスもおふたりの仲の良さをあらわしてらっしゃるんだわ……っ!』


 なんてことになるかもしれない。

 周りからそんな風に言われることで、俺と少しずつ仲良くなっていることを、イゼリア嬢が自覚してくださるかも……っ!


 俺の言葉に、ピエラッテ先輩も三枚のデザイン画をじっくりと見やる。


「なるほど……。本当にきみはイゼリア嬢が第一というわけだね。なら、ドレスの形はイゼリア嬢に似たものにして、装飾などはイゼリア嬢より控えめにするのがいいんじゃないかな」


「そういうことでしたら、わたくしのおススメはこちらのドレスですわ」


 俺が選んだ三枚のデザイン画の中から、ジョエスさんが一枚を選ぶ。


「さすがにイゼリア嬢のドレスのデザイン画をお見せすることはできませんが、先ほどピエラッテお嬢様がおっしゃった条件に一番合致するのはこちらですわ」


「では、このドレスにしますっ!」


 ジョエスさんが言うのなら間違いないと即決する。


 が、「かしこまりました」と応じたジョエスさんが困ったように笑みを浮かべた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る