403 イゼリア嬢の視線の先にいるのは、もしや――?


 って、いやいやいやっ! 待て待て待てっ!


 だってイゼリア嬢だぞっ!?


 この世に舞い降りた女神っ! 誰よりも可憐で麗しく、老若男女関係なくとりこになってしまう、天上の星々よりもまばゆい地上の至宝っ!


 そんなイゼリア嬢に思いを寄せられて応えない男がこの世にいるなんて……っ! ありえるハズがないっ!


 あっ! もしかしてあれか!? イゼリア嬢は奥ゆかしくていらっしゃるから、相手が気づいていないだけとか……っ!?


 もしそうだとしたら、相手の男はなんて罪深いんだ……っ! イゼリア嬢の思いに気づかないなんて万死に値するっ! 俺がイゼリア嬢の代わりにそいつを責め立ててやりたい……っ!


 けど……。いったい、誰なんだ……っ!?


 俺はおずおずとピエラッテ先輩を見上げて問いかける。


「ピエラッテ先輩がおっしゃりたいのは、イゼリア嬢が誰かに片思いをしているかもしれないということですか……? でも、いったい誰に……?」


 ピエラッテ先輩は、『イゼリア嬢の視線の先』と言っていた。


 けれど、イゼリア嬢はいったい誰を見ているのか……?


 すがるように見上げた俺に、ピエラッテ先輩が困ったように眉を寄せる。


「ここまで言えば、さすがに気がついてくれるかと思ったんだけれどね……。難しいようなら仕方がない。大ヒントだよ。三日前、生徒会のみんなが見学に来た日のことを思い出してごらん」


「三日前……」


 オディールの衣装を着て、初めてピエラッテ先輩のモデルを務めた日のことを思い返す。


 あの日はイケメンどもや姉貴まで見学に来て、少し遅れてイゼリア嬢も来てくださって……。


 生徒会のメンバーもスケッチをすることになったから、モデルを務めてる間イゼリア嬢の横顔を見つめ続けることができて、至高のひとときだったんだよなぁ……っ!


 残念ながら、イゼリア嬢が描かれたのは俺じゃなかったけど……。


 ……ん?


 何かが、心に引っかかる。


 イゼリア嬢が描かれていた相手――つまり、イゼリア嬢が視線を向けていた先はと問われたら、それは……。


「イゼリア嬢の視線の先にいるのは、リオンハルト先輩ですか……?」


 おずおずと答えた俺に、ピエラッテ先輩が大きく頷く。


「その通りだよ。どうかな? 私は生徒会役員の面々と長い時間を過ごしたのは、三日前が初めてだけれど……。ハルシエル嬢は、いままで生徒会の活動をしてきた中で、思い当たることなどはないかい?」


「えっと……」


 すぐに頭をよぎったのは、『白鳥の湖』の練習をしていた時のイゼリア嬢だ。


 オデット姫として、ジークフリート王子を演じるリオンハルトに向けるまなざしは、見ている俺の胸まで思わず切なくなるほどの恋心にあふれていて、リオンハルトがうらやましくなるほどで……。


 さすがイゼリア嬢、なんて演技がうまいのだろうと感動していたけど……。


 イゼリア嬢が朗読されていた詩の内容と考え合わせるのなら、あれは演技だけというわけじゃ…………ない?


 初めて思い至った疑念に、がんっ! と頭を殴られたような衝撃を味わう。


 ……待て。ちょっと待て、俺。


 ちょっといったん落ち着いて、冷静になって考えてみよう!


 焦れば焦るほど、ろくなことにならない予感がひしひしとする……っ!


 落ち着け、落ち着けと心の中で呟きながら深呼吸した俺は、衝撃的な発想を丁寧に検討していく。


 イゼリア嬢もリオンハルトの側近になることを目指しているんだから、少なくともリオンハルトに親近感を抱いているのは間違いない。


 ひょっとして、親しみのまなざしを見間違えたとか……?


 むなしい現実逃避を打ち壊すかのように、脳裏にイゼリア嬢の麗しい笑顔の数々が甦る。


 イゼリア嬢がいつも熱心に話しかけ、花ひらくような笑みを向けていたのは……。


「……やっぱり、イゼリア嬢はリオンハルト先輩のことを……?」


 そうだ。これまで気にとめていなかったけど、『キラ☆恋』でイゼリア嬢が悪役令嬢ポジションだった理由は、なんだかんだとハルシエルに突っかかっていたからだ。


『あなたのような庶民は、リオンハルト様にふさわしくありませんわ!』


『リオンハルト様の隣に立つべきはわたくしですもの!』


 あれは、俺がプレイしたのがリオンハルトルートだから、他のルートを選べば、他のイケメンどもの名前が出てくるんだと思い込んでいた。


 けれど、そうじゃないとしたら?


 ここは『キラ☆恋』の世界だけど、まったく同じわけじゃない。


 何より、リオンハルトに話しかける時のイゼリア嬢はいつだって愛らしくて。


 いったん気づいてしまえば、『イゼリア嬢はリオンハルトに恋している』という言葉を否定するものなんて、何ひとつなくて――。


「……っ!」


「ハルシエル嬢っ!?」


「ハルシエルお嬢様っ!? どうなさいました!?」


 ずしゃあっ! と椅子から滑り落ちるように床へくずおれた俺に、ピエラッテ先輩とジョエスさんがあわてた声を上げる。


 が、俺は二人に答えるどころではなかった。


 頭がぐらぐらがんがん揺れている。


 ほ、本当に、イゼリア嬢がリオンハルトに想いを寄せているなんて……っ!


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