404 突然知らされて、ショックだったことだろう


 うつむいたまま震える俺の肩にそっと手をかけ、ピエラッテ先輩が気の毒そうに声をかけてくれる。


「もしかしたらと心配していたが、気づいていなかったんだね……。突然知らされて、ショックだったことだろう……。突然、きみに衝撃的な事実を突きつけてすまな――」


「ありがとうございますっ、ピエラッテ先輩っ! 俺に大切なことを教えてくださって……っ!」


「……うん?」


 がばっと身を起こし、肩に置かれていた手をぎゅっと掴んでお礼を言うと、ピエラッテ先輩が怪訝けげんそうな声を洩らした。


「いままで、ずっとイゼリア嬢を見つめ続けてきたのに、恋心に気づかなかった自分が情けないです……っ! そんな私に、イゼリア嬢のお気持ちをお教えくださるなんて……っ! どれほど感謝しても足りませんっ! これで、イゼリア嬢の恋を応援することができますっ!」


「……きみは、それでいいのかい?」


 はずんだ声で礼を言ったが、ピエラッテ先輩の眉は寄せられたまま変わらない。


「自分の気持ちにふたをして、無理に強がる必要はないんだよ?」


 いたわるようなピエラッテ先輩の声。


 俺を思いやってくれるのがわかる真摯な声音に、驚愕の新事実に興奮していた俺は、わずかに落ち着きを取り戻して口をつぐむ。


 確かに、イゼリア嬢がリオンハルトを想っていると知って、ショックを受けなかったわけじゃない。


 けど……。


 ハルシエルである俺が、イゼリア嬢と結ばれる未来なんて、ありえないということは最初からわかっていた。


 っていうか、推し様と結ばれるなんて無理! イゼリア嬢が尊すぎて毎日昇天しちゃうっ! 絶対心臓がもたないって断言できるっ!


 だって、ハルシエルに転生する前の俺にとって、イゼリア嬢はどんなに恋い焦がれようと手にふれることすらできない遠い存在で。俺が一方的に思うだけで。


 それが、目の前で息をしていて動いてらっしゃって。


 それどころか、いろいろな表情を見せてくださるし、挨拶をすれば返してくれるし、一緒にいろんな時間を過ごしたりして……。


 もう、それだけでこの世界が天国だ。


 ……やべ。いままでのイゼリア嬢との思い出を反芻はんすうするだけで鼻血が出そう……っ!


 とにかく、俺はイゼリア嬢が同じ世界に存在してくださるだけでもう、毎日が幸せでたまらないのだ。


 欲を言えば、もっとイゼリア嬢のいろいろなお顔を見たいし、もっと親しくなりたいし、だからこそイゼリア嬢の親友ポジションを狙ってるんだけど……っ!


 でも、俺自身がイゼリア嬢の恋人になりたいなんて、だいそれたことは考えていない。


 むしろイゼリア嬢には、誰よりもイゼリア嬢を大切にする非の打ち所がない相手と結ばれて幸せになっていただきたい……っ!


 イゼリア様の幸せは俺の幸せっ! 幸せでいらっしゃるイゼリア嬢を見ることができれば、俺にとってそれ以上の幸せはない……っ!


 だから、いつかイゼリア嬢にアプローチをかける大胆極まるやからが出たとしても、半端な野郎に大切なイゼリア嬢は渡さねぇっ! イゼリア嬢のお父様以上に、俺が厳しい目で見て、ろくでもない奴だったら絶対妨害してやるぜっ! って、内心思ってたんだけど……。


「リオンハルト先輩、なんですね……」


 ぼそりとかすれた声をこぼし、ぎゅっと拳を握りしめる。


「さすがイゼリア嬢ですっ! 確かにリオンハルト先輩はちょっときらきら度がまぶしすぎるところはありますが、それを除けば文句なしの優良物件……っ! イゼリア嬢の素晴らしさは単なる侯爵令嬢ではおさまりませんからっ! 王族となられて全国民に崇拝されるべき御方……っ! リオンハルト先輩と結ばれれば、その道がひらけるということですもんねっ!」


「えーと……」


 ピエラッテ先輩がこの上なく困惑した様子で話しかけてくる。


「ハルシエル嬢はその……。イゼリア嬢がリオンハルト殿下と結ばれることに思うところはないということかい?」


「いえっ、もちろんありますっ!」


 ピエラッテ先輩の問いかけを間髪入れず否定する。


「イゼリア嬢の恋心を知って、何も思わないわけがありませんっ! イゼリア嬢の幸せは私の幸せっ!  知ったからには、私の全力を尽くしてイゼリア嬢の恋路を応援しなくては……っ!」


 ぐっ! と拳を握りしめて力強く宣言する。


 イゼリア嬢のお幸せがリオンハルトと両思いになることなら、それを応援するのが俺の役目っ!


「いったいどうすればイゼリア嬢のお力になれるでしょう……っ!? イゼリア嬢の素晴らしさをリオンハルト先輩にもっとアピールしたらいいでしょうか!?」


「……さすがに気の毒すぎるから、やめてあげたほうがいいと思うな……」


 ピエラッテ先輩が困ったように眉を寄せて、謎の助言してくれる。


 きょとんと首をかしげると、ピエラッテ先輩がなだめるような声を出した。


「下手な口出しや手出しをしたら、逆効果になることもあるからね。何より、当人達の問題だ。周りはそっと見守ってあげるくらいの距離感がいいんじゃないかな?」


「なるほど……っ! すみません、私がイゼリア嬢のお役に立てるかもしれないという興奮で、冷静さを失ってました……」


 ピエラッテ先輩の言葉に、ようやく少し落ち着きを取り戻す。


 イゼリア嬢のお役に立ちたいのは山々だけれど、ちゃんと計画を練らずに動いた結果、もしご迷惑をおかけする事態になったら、いくら悔やんでも悔やみきれない。


 イゼリア嬢の未来がかかっているのだから、慎重に動かなくては!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る