401 イゼリア嬢の視線の先


「……まさか、すべてにおいて恵まれているだろう彼らに、これほど同情する日が来るとはね……」


 ピエラッテ先輩が、吐息とともに力なくかぶりを振って呟けば、ジョエスさんが、


「ハルシエルお嬢様は、なんと罪な御方なのでしょう……」


 と額を押さえる。


 ……二人とも、いったいどうしたんだろう……?


 あれか? せっかく第二王子をはじめとしたイケメンどもに親切にしてもらってるんだから、もっと感謝するべきとかそういうことか……?


 と、ピエラッテ先輩が顔を上げた。


「念のため、もう一度だけ確かめさせてもらうよ。ハルシエル嬢、きみは本当に生徒会の男性陣の誰にも、恋心を抱いていないと?」


「はいっ! 間違いありませんっ!」


 はっきりきっぱり、明朗快活。


 力強く即答した俺に、ピエラッテ先輩が「ふむ……」と腕を組む。


「ではきみは……。聖夜祭で生徒会の面々からエスコートを申し込まれたら、どうするつもりなんだい?」


「もちろん断ります! って、そんなこと起こりませんからっ! せっかくの聖夜祭なのに、私を誘ってどうするんですか!」


 そんなロマンティックな夜に、わざわざ俺を誘うなんて、悪い冗談としか思えない。


 何より、イケメンどもの誰かにエスコートされるなんて、そんなの、どこからどうイベントにつながるかわかんねぇじねーかっ!


 そんな危険を侵すつもりはねえっ!


 っていうかむしろ、もし同性同士のエスコートが可能なら、俺がイゼリア嬢をエスコートしたい……っ!


 ダメかな……? ドレスを着た女子同士なんて、華やかでいいと思うんだけど……っ!


 男子生徒同士は地味になっちゃうけど……。いや、むしろそれは姉貴とシノさんの望むところなんじゃ……っ!? もしクレイユがエキューをエスコートなんてしたら、姉貴が歓喜するに決まってる……っ!


 え? これ姉貴に提案したらひょっとして通ったりしない? この聖夜祭だけでもいいから!


 思いつきを脳内で検討する俺の耳に、ピエラッテ先輩の苦笑が届く。


「ふつうは聖夜祭だからこそ、誘おうと思うんだけれどね……。ともあれ、前に美術部の見学に来た彼らを見る限り、きっと彼らは全員、きみをエスコートしたいと考えていると思うよ?」


「……へ?」


 ピエラッテ先輩の言葉にほうけた声が出る。


 真剣な表情で身を乗り出したのはジョエスさんだ。


「ハルシエルお嬢様は、どなたかにエスコートしていただく予定は本当にないのですか? もしおありでしたら、その方の衣装とドレスの色あいを合わせるということも可能ですけれども……っ! 衣装だけでなく、髪の色や瞳の色をハルシエルお嬢様のドレスに取り入れることも可能です!」


「そ、そんなことができるんですか……っ!?」


 それなら俺が入れたい色は決まってる!


「じゃあ、イゼリア嬢の髪と同じ黒――」


 は、オディールの衣装を却下されたのと同じ理由でダメ出しされそうだからやめておくとして。


「アイスブルーのドレスがいいですっ! イゼリア嬢の瞳と同じ色でお願いしますっ!」


「かしこまりました!」


 俺の希望にジョエスさんが力強く頷く。


「では、ハルシエルお嬢様のご希望通り、ドレスの装飾にアイスブルーを取り入れましょう! そうですね。それだけだと寒々しく見えてしまう可能性がございますから、たとえば……」


 何やらインスピレーションが降りてきたらしい。


 ジョエスさんがぶつぶつと呟いたかと思うと、手元のスケッチブックに一心不乱に何やら描き始める。


「ドレスの色もイゼリア嬢の瞳の色を選ぶとは……。ハルシエル嬢は本当に生徒会の男性陣が眼中にないようだね。というわけで、話を戻すのだけれど」


 ジョエスさんの様子に苦笑をこぼしたピエラッテ先輩が俺に向き直る。ピエラッテ先輩の静かな声に、俺は無意識に背筋を伸ばした。


「きみは、イゼリア嬢の視線が誰に向いているのかは気づいているのかな?」


「イゼリア嬢の視線の先、ですか……?」


 おうむ返しに呟いた俺は、首をかしげる。


 イゼリア嬢のことを誰よりも熱心に見つめているのは俺だという自負がある。

 けど……。


「すみません、イゼリア嬢を見つめるのに必死で、その先までは……」


 だって、一度イゼリア嬢を見たら、麗しさに感動して目が離せなくなるし! そんなイゼリア嬢から視線を逸らして別のものを見るなんて不可能ですっ!


「えっと、ピエラッテ先輩がおっしゃりたいことはいったい……?」


 意図が掴めず、おずおずと問いかけると、ピエラッテ先輩が困ったように眉を寄せた。


「できれば、ハルシエル嬢自身で気づいてほしいんだけれどね。このままだと、お互いにすれ違いがますますひどくなりそうだからね」


「えぇっ!? イゼリア嬢とすれ違いが!? それは大変ですっ!」


 そんな事態を引き起こすわけにはいかないと、俺はさらに身を乗り出す。


「せっかく、少しずつイゼリア嬢の好感度を上げて、ちょっと親しくなってきているのに……っ! この努力を無にするわけにはいきませんっ! でも……」


 『イゼリア嬢の視線の先』と言われても、俺には何のことだか、さっぱりわからない。


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