397 イゼリア嬢の朗読を録音させていただけますか?
「ですけれど!」
イゼリア嬢のまなざしがふたたび険しくなる。
「だからといって、あなたと似たドレスを着るなんて、絶対に御免ですわ! 『プロープル・デュエス』に依頼するのでしょう? では、わたくしではなく、ジョエス女史に相談なさったらいいではありませんの。ジョエス女史にはわたくしも依頼しておりますから、わたくしとあなた、それぞれに似合うドレスを違うデザインで考えてくださるはずですわ」
「わかりました!」
イゼリア嬢のアドバイスに一も二もなく同意してから、はっと気づく。
し、しまった……っ! これだとイゼリア嬢にドレスの相談にかこつけて話しかけることができなっちゃうじゃねーか……っ!
けど、せっかくイゼリア嬢がくださったアドバイスに従わないなんて大罪、俺には犯せませんっ!
「で、では……っ! テープを販売できるようにするためにも、イゼリア嬢の朗読を録音させていただけますか……?」
ごくりとつばを飲み込み、今日は本題を切り出す。
ここに辿り着くまで思いがけず回り道したけど、俺の今日のメインはここ!
今日はこのために登校したと言っても過言じゃねぇっ!
俺の言葉に、イゼリア嬢が目に見えて動揺する。
「朗読はもちろんいたしますけれど……」
リオンハルトやテーブルの面々を見回したイゼリア嬢の可憐な面輪が薄紅色に染まり、視線が伏せられる。。
「みなさまの前でなんて、恥ずかしいですわ……」
ぎゃぁぁぁ――っ! なんですか、この愛らしさ! 俺を爆発四散させる気ですかっ!?」
やべぇ……っ! 鼻血が噴き出ちゃいそう……っ!
「た、確かにそうですよねっ! みんなの前でなんで緊張しますよねっ! よくわかりますっ!」
謝罪した俺はそそくさと椅子から立ち上がり、テーブルの中央に置かれていたテープレコーダーを持ち上げる。
「ハルシエル嬢……?」
いぶかしげなリオンハルトの声をスルーし、テーブルの向かい側に座るイゼリア嬢のもとへ歩み寄った俺は、恭しく手を差し伸べた。
「気が回らず申し訳ありませんでした。あちらのソファーで録音しましょう! それとも、別室のほうがよろしいですか?」
イゼリア嬢の気持ちはよくわかる。
俺だって、イケメンどもに囲まれて朗読した時はめちゃくちゃ緊張したもんな……。
イケメンどもは難なくこなしてたけど、毎日、女子にきゃーきゃー言われてるお前らと違って、俺やイゼリア嬢は繊細なんだよっ!
俺の提案にイゼリア嬢が困ったようにリオンハルトを見やる。
リオンハルトが穏やかに微笑んだ。
「ハルシエル嬢の言うとおり、緊張していては朗読に差し
「い、いえ、別室まではけっこうですわ。では、あちらのソファーをお借りいたします」
鞄から『ラ・ロマイエル恋愛詩集』を取り出したイゼリア嬢が、俺の手を借りずに立ち上がり、テーブルのそばに置かれているソファーセットへ歩み寄る。
イゼリア嬢が腰かけたのは、三人がけの大きなソファーの真ん中だ。
いそいそとイゼリア嬢の後についていった俺は、ソファーの前のローテーブルにテープレコーダーを置く。次いで、どきどきしながらイゼリアが座るソファーの端っこに腰を下ろすと、鋭い視線が飛んできた。
「どうしてオルレーヌさんまでついてきてますの?」
「もちろん、テープレコーダーの操作をするためです! イゼリア嬢も、そのほうが朗読に集中できるでしょう?」
本音は少しでも近くでイゼリア嬢の朗読を聞きたいからだけど!
が、そんなことはおくびにも出さずに即答する。
一瞬、テープレコーダーの操作を間違えれば、イゼリア嬢に二回読んでもらえるかも……っ!? と悪魔の囁きが脳裏をよぎるが、イゼリア嬢の好感度が下がるような真似は絶対できない。
「テープレコーダーは私のものですから、操作方法はばっちりです! お任せくださいっ!」
って言っても、録音ボタンと停止ボタンを押すだけですけど!
自信満々に言い切ると、イゼリア嬢が仕方なさそうに吐息した。
「では、お任せしますわ」
そっけなく告げたイゼリア嬢が、手元の詩集の
白魚のような細い指先の動きを無意識に追った俺は、はさまれた栞の柄に気づく。
あっ! 薔薇とゴルヴェント家の家紋の鈴蘭の栞だ……っ! よしっ、俺も似た栞を探してはさもう……っ!
これから読む詩を確かめるように文字を目で追うイゼリア嬢のアイスブルーの瞳が、柔らかな弧を描く。
どこか切なげな、見惚れずにはいられない可憐な面輪。
それをすぐ隣で見られた喜びに、俺の心臓が止まりそうになる。
や、やばい……っ! イゼリア嬢より俺のほうが緊張してるかも……っ!? 心臓のばくばくがイゼリア嬢にまで伝わっちゃうんじゃなかろうか……っ!
「よいかしら?」
「はいっ!」
イゼリア嬢の声に、あわててこくりと頷き、録音ボタンを押す。
数秒の間を置いて、イゼリア嬢の天上の調べにも優る声が桜色の唇から紡がれた。
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