396 イゼリア嬢と同じドレスはダメですか!?


「では、ドレスは朗読テープの売り上げから買うということでよいですよねっ!?」


 確認をとるようにテーブルの面々を見回すと、リオンハルトが気遣わしげに口を開いた。


「ああ、きみがそう言うのなら、テープので売り上げをあててくれればよいが……。どこでドレスを作るかも決めているのかい? 『プロープル・デュエス』のジョエス女史から、きみがドレスを作るなら必ず声をかけてほしいと言われているのだが」


 ジョエスさんがそんなことを……っ!?


 確かに、ジョエスさんのドレスは男の俺でも見惚れてしまうほど素敵だし、素晴らしいドレスを作ってもらえるに違いないだろうけど……。


「えっと……。でも、『プロープル・デュエス』だと、すごくお高いんですよね……?」


 なんせ『プロープル・デュエス』は王室御用達の服飾店だ。自分自身で代金を払ったことのない俺は、いったいいくらくらいかかるのか、まったく想像もつかない。


 というか、ドレスをどこで仕立てるかなんて、欠片も考えていなかった。が、ここで「ぜんぜん考えてません!」と告げて、せっかく決まった話をびっくり返されたくない。


 そもそも、どこでドレスを仕立てられるのかすらわかんないし! お茶会の時のドレスかオディールの衣装を着るつもりだったので、そこまでは調べていなかった。


 きっと、探せば安めの既製品を売ってる店だって見つかるだろうけど……。


 家に帰ってからマルティナさんに確認したほうがよさそうだと思いながら答えると、イゼリア嬢がつんとあごを上げた。


「王室御用達店ですもの、当然ですわ! 本来なら、庶民のオルレーヌさんなんて、袖を通す機会もない高級店ですのよ! もちろん、わたくしは聖夜祭のドレスも『プロープル・デュエス』で仕立てますけれど!」


 おーっほっほ! とイゼリア嬢の高笑いに俺ははっと気づく。


 そ、そうか……っ! イゼリア嬢のドレスなら、当然、『プロープル・デュエス』以外にありえないよな! 


 イゼリア嬢と同じお店のドレス……っ! それは心惹かれる……っ!


 どうせドレスを着なきゃいけないんなら、俺だってジョエスさんに頼みたいっ! 


 で、イゼリア嬢とどんなドレスにするのかきゃっきゃうふふとお話するんだ……っ! 値段の折り合いさえつくんなら、『プロープル・デュエス』一択なんだけど……っ!


 と、俺の心を読んだかのように、リオンハルトが口を挟む。


「費用のことなら心配無用だよ。ジョエス女史から、きみのドレスのデザインをしていると、どんどんアイデアが湧いてくる。そのお礼に格安でドレスを仕立てるから、ぜひともまた利用してほしいと伝言を頼まれている。遠慮したほうがきっとジョエス女史が哀しむだろう。それに、ハルシエル嬢は聖夜祭の準備だけでなく、ピエラッテ嬢のモデルでも忙しいからね。同じ店で作れば、採寸の作業も省けるだろう」


 リオンハルトに続き、ヴェリアスも俺にウィンクする。


「そーそー、遠慮はいらないぜ♪ テープの売り上げは絶対すごいことになるだろうからさ♪ せっかくの聖夜祭なんだし、パーッと使っちゃえばいーんじゃない♪」


「ヴェリアス先輩に同意するのはしゃくだが……。聖夜祭の準備資金にあてるとはいえ、もともと予定していなかったものだ。きみのドレスに使うのなら反対する者は誰もいないだろう。きみの望むドレスを作るといい」


「ハルシエルちゃんのドレス、どんなのになるんだろう? 楽しみだな〜!」


 クレイユに続き、エキューがわくわくと声をはずませる。


「どんなドレスがいいとか、希望はあるのか?」


「えっと……」


 ディオスの問いかけに、俺は困ってイゼリア嬢を見やる。


 俺の希望としては、イゼリア嬢と似たデザインだと嬉しいんだけど……。


「あのっ、イゼリア嬢! 私、ドレスのことはまったくわからないので……。イゼリア嬢はどんなドレスになさるのか教えていただけませんか?」


 告げた途端、イゼリア嬢の細い眉が吊り上がる。


「わたくしと同じドレスにするつもりですの!?」


「す、すみませんっ! だ、だめなんでしょうか……っ!?」


 あまりの剣幕に身を縮めて詫びる。


 イゼリア嬢と同じドレスなんて、俺にとっては、嬉しい以外の何物でもないんだけど……っ! そんなにも俺とおそろいはお嫌ですか……っ!?


 いったい何がイゼリア嬢のご機嫌をそこねてしまったのかわからず、おろおろしていると、イゼリア嬢が仕方なさそうに吐息した。


「そうですわね……。ドレスを仕立てたこともない庶民のオルレーヌさんに、貴族の常識があると思うのが誤りでしたわ……」


 もう一度吐息したイゼリア嬢が教えてくださる。


 それによると、姉妹などでもない限り、パーティーで同じデザインのドレスを着るというのは、貴族にとってはかなり非常識なことらしい。


 貴族にとっては、身を飾ることはに自らの権勢や財力を示すことに他ならない。当然、細部のデザインや小物にまでこだわり、気を遣う。


 そんな中で同じドレスを着るということは、本来なら起こるはずのない事態だ。流行があるため、ある程度似たドレスになることは多いが、まったく同じになることはありえない。


 同じということは、デザイナーやメイドなどを買収して情報を得、あえてあわせてきたということ――つまり、自分のほうがこのドレスを纏うにふさわしいと宣戦布告するも同じだ。


 さっき、イゼリア嬢にドレスの内容を聞いた俺の発言は、イゼリア嬢からすれば、『同じドレスを着て、私のほうが似合って美しいと大勢の前で証明してみますから!』と言われたようなものになるらしい。


 それは、イゼリア嬢がお怒りになったもの当然だ。


「ち、違うんです! 私、ほんとに全然知らなくて……っ! イゼリア嬢に宣戦布告する気なんて、まったく! 全然っ! これっぽっちもありませんっ!」


 ぶんぶんぶんぶんっ! と千切れんばかりに首を横に振る。


 宣戦布告なんてとんでもないっ! 俺は、イゼリア嬢ともっともっと仲良くなりたいんです〜〜っ!


 いったいどうやったらイゼリア嬢の誤解が解けるだろう。


 信じてほしいという気持ちを込めて、じわりと涙をにじませながらイゼリア嬢を見つめると、


「わかっていますわ」


 とイゼリア嬢がため息混じりに呟いた。


「先ほどは反射的に怒ってしまいましたけれど……。これまでのあなたの言動をかんがみれば、オルレーヌさんに貴族の常識を期待するほうが間違っていると、すぐにわかりますもの」


「イゼリア嬢……っ! ありがとうございます……っ!」


 イゼリア嬢が俺のことを信じてくださった……っ! しかも、その理由が俺のいままでの言動からだなんて……っ!


 俺とイゼリア嬢の間に、思い出がどんどん作られていっているってことですよねっ!?


 イゼリア嬢もそれを認めてくださっているってことですよねっ!? 嬉しすぎます……っ!


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