395 ドレスの資金をどうやって工面すれば……っ!?


 真っ先に口を開いたのはクレイユだ。


「だが、薔薇園のお茶会があったのは夏だ。夏用の生地のドレスでは寒いだろう? 聖夜祭の頃はいまよりさらに気温が低くなる。そんな中、薄手のドレスで参加するなど……。きみが風邪をひいたらと思うと、いても立ってもいられなくなる」


「う……っ」


 気遣いにあふれた口調に何も言えなくなる。


 そ、そうか、生地……っ! 薔薇園のお茶会以来、袖を通していないけど、確かにお茶会の時のドレスはふん和りとした薄手の生地だった。


 会場は暖房がきいているとはいえ、運営側の生徒会役員である以上、屋外に出ないとは限らない。もし外に出ることがあったら、凍えるだろう。


「じゃ、じゃあオディールのドレスならどうですか……っ!」


 あれなら生地もしっかりしてるし、大丈夫なハズ! 文化祭で着た時も寒くなかったし!


 俺はもう、お茶会の時みたいにイケメンどもからドレスを贈られてお礼状を書く羽目になるのはごめんなんだよっ!


 さらに代替案を出すと、ヴェリアスが困ったように眉を寄せた。


「確かに、黒鳥オディールのドレスはどっちもハルちゃんによく似合ってて素敵だったケドさ……。舞台ならともかく、めでたい祭りの時に黒やモノトーンのドレスはちょっとどうかな~?」


 ヴェ、ヴェリアスに真面目にダメ出しされた……っ!


 そ、そうか……。ダンスパーティーなんて経験がなかったから大丈夫だと思ってたけど、黒やモノトーンはマズいのか……。


 まあ、冷静に考えればそうかもしれない。


 きっと周りの令嬢達はパステルカラーやあざやかな色のドレスばかりだろう。その中で黒やモノトーンのドレスは……。


 確実に悪目立ちするな、うん。


 いやでも、イケメンどもからドレスを贈られるのは避けたい……っ!


 考えていた案をあっさり論破され、ぐぬぬぬぬ、と唸っていると、エキューに声をかけられた。


「ハルシエルちゃん……。僕達がドレスや小物を贈られるのが、そんなに迷惑……?」


 きゅーん、と捨てられた子犬みたいな顔で問われ、言葉に詰まる。


 くぅぅ……っ! エキューにそう言われると、「迷惑だ」と肯定するのに罪悪感が半端ない……っ!


 いやでも、イケメンどもからドレスを贈られるなんて、自分からイベントを招き寄せるようなことは絶対したくねぇ……っ!


 いったいどうすればいいんだ……っ!? オルレーヌ家にドレスを買えるお金さえあれば……っ!


 頭から煙が出そうなほど悩みまくっていた俺の視界に、ふとテーブルの上に置かれたテープレコーダーが目に入る。


 途端、脳内に天啓のようにひらめきが走った。


「そうだ……っ! 朗読のテープを販売したお金で、ドレスを仕立てるというのはダメですか……っ!?」


 そうだよ……っ! 朗読のテープの売り上げを聖夜祭の準備資金に足そうと言ってたってことは、余剰のお金ってことだよなっ!? イケメンどもの朗読が録音されたテープなんて、飛ぶように売れるだろうし、きっと莫大ばくだいな売り上げになるハズ……っ!


 そこからドレス一着分の代金を出すくらい、大した負担じゃないのではっ!?


 えらいっ、俺! よく思いついたっ!


 脳内で自画自賛しながら告げた途端、姉貴が小さく舌打ちする音が聞こえた。


 その反応に、姉貴はテープの売り上げがあることにとうに気づいていながら、イケメンどもにドレスを贈らせたいがために黙っていたのだと察する。


 くそぉ……っ! 気づいていたんならさっさと教えてくれよ……っ!


 自分の萌えのためなら、実の弟を犠牲にすることもいとわないなんて……っ! この腐女子大魔王め! お前の血の色は何色だっ!?


 俺の提案に、リオンハルトが小さく吐息して口を開く。


「もともと、朗読の録音はきみの発案だからね。きみがテープの売り上げの一部でドレスを作りたいというのなら、もちろんかまわないよ」


 リオンハルトに続き、ディオスも頷く。


「ああ、きみがそちらのほうがいいと言うなら、俺にも否はない。……本音を言えば、遠慮せずに頼ってほしいものだが」


 ディオスが凛々しい面輪に切なげな表情を浮かべる。俺のことを思いやってくれているのがひと目でわかる様子に、罪悪感が刺激されるが……。


 いやっ、ほだされるな、俺! イケメンどもを頼って余計なイベントが発生させるわけにはいかないんだよっ!


 が、正直に口に出すわけにはいかず、代わりに別のことを言う。


「でも、ドレスを着るのは、私だけでなくイゼリア嬢もでしょう? 私だけみなさんに贈っていただくなんて、不公平じゃないですか! そんなの、イゼリア嬢に申し訳ないです! イゼリア嬢はご自身で準備なさるのに……っ!」


「当たり前でしょう? ゴルヴェント侯爵家令嬢であるわたくしが、オルレーヌさんのように、みなさまに施しを求めるようなみっともない真似をするはずがございませんわ!」


 イゼリア嬢へ視線を向けると、それまで無言を貫いていたイゼリア嬢が細い眉を吊り上げた。


 うぅ……っ、やっぱり、傍目はためから見れば、まるで俺がイケメンどもにねだってるように見えるよなぁ……。


 違うんです〜っ! 好きこのんででイケメンどもに贈ってもらってるわけじゃないんです〜っ!


 それもこれも、オルレーヌ家がドレスが用意できないほど貧乏なせいで……っ!


 心の中で言っても詮無せんないことを嘆く俺の耳に、イゼリア嬢の声が届く。


「でもまあ……。富める者が貧しい者にほどこしを与えるのは、貴族の義務のひとつですものね」


 仕方がなさそうにイゼリア嬢が吐息しかたと思うと、俺にそそがれていた視線が不意に鋭さを増す。


「ですから、よろしいこと!? リオンハルト様達があなたにドレスなどを贈るのは、貧者に対する施しですの! 決してそれ以上の意味はないのですから、勘違いなさらないことね!」


「はいっ! 重々承知しておりますっ! イゼリア嬢のおっしゃるとおり、特別な意図なんてあるわけないですよねっ! 貧乏人が肩身が狭くないように気遣ってくださってるだけだと、ちゃんとわかっておりますからっ!」


 こくこくこくっ! と大きく頷いて即答する。


 ご心配なさらずとも、特別な意図なんてないとわかってますから、ご安心くださいっ! 何より、上位貴族の義務だとしても、イケメンどもにおごってもらう気はまったくありませんからっ!


 力強い俺の頷きに、なぜかイケメンどもの間に微妙な雰囲気が漂う。


「義務や施しだとととられると、切ないんだが……」


 クレイユが何やら呟くが、声が低いのでよく聞こえない。


 微妙な雰囲気を吹き飛ばしたのはエキューの明るい声だ。


「でも、僕達の朗読も入ったテープを売ることでハルシエルちゃんのドレスが買えるなら、ちゃんとハルシエルちゃんの役に立ってるってことだよねっ!」


「っ!? エキュー君……っ!」


 エキューの言葉に、大切なことに気づかされる。イケメンどももはっとしたように息を呑んだ。


「そうねっ、エキュー君の言うとおりね……っ!」


 その理屈で言えば、イゼリア嬢の朗読も録音するということは、聖夜祭のドレスはイゼリア嬢に贈っていただくと言っても過言じゃない……っ!?


 きゃ――っ! イゼリア嬢が俺にプレゼントをしてくださる日が来るなんて……っ!


 感無量ですっ! どれほど感謝しても足りません……っ!


 いやまあ、エキューが言ったとおり、イケメン達分も含まれてるけど、それはそれ!


 俺にとってはイゼリア嬢が含まれてることが超重要……っ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る