394 生徒会長として認められないよ


「聖夜祭はダンスパーティーがあるため、生徒達はみな盛装して参加するからね。特に、女生徒は毎年、華やかに着飾るが、もしかしたらハルシエル嬢はドレスを用意するのが困難ではないかと心配になってね……」


「えっと、それなんですけれど……。制服で参加するというのはだめなんでしょうか……?」


 聖夜祭の準備が始まって以来、心の中で考えていたことを口にする。


 途端、リオンハルトとヴェリアスがそろって目をむいた。


「ハルシエル嬢っ!? 本気なのかい!?」


「ちょっ!? ハルちゃん!? 考え直しなよっ!」


 二人が同時に俺へと身を乗り出す。


「えっと……っ」


 あまりの勢いに思わず腰が引けてしまったところで、生徒会室のドアがノックされる。


 入ってきたのは生徒会の残りのメンバーだ。姉貴とシノさんまでいる。


「……何かあったのか?」


 入ってきてすぐ、張りつめた部屋の雰囲気に気づいたのだろう。ディオスが凛々しい眉を寄せて問いかける。


「それが、ハルシエル嬢が……」


 思わず、といった様子で答えかけたリオンハルトが、「いや、まずは落ち着いて話をするために座ろうか」と一同を促す。


 せわしなく全員がテーブルについたところで、リオンハルトがおもむろに口を開いた。


「その、ハルシエル嬢が聖夜祭に制服で参加してはだめなのかと言い出してね……」


「っ!?」


 リオンハルトが告げた途端、全員が目をみはる。


「ハルシエル!? いったいどうしたんだ!? まさか制服で参加だなんて……っ!?」


 信じられないと言いたげに身を乗り出したディオスが、何かに気づいたように息を呑む。


「もしや、ドレスや小物を支度する資金に悩んで……っ!? 心配はいらないぞ! 資金なら俺達が……っ!」


「そうだよっ、ハルシエルちゃん! せっかくの聖夜祭なのに、制服だなんて……っ! そんなの寂しすぎるよっ!」


「エキューの言うとおりだ。ハルシエル嬢。遠慮はいらない」


 ディオスに続いて、エキューとクレイユも身を乗り出す。


 俺はあわててぶんぶんとかぶりを振った。


「で、ですから! それが申し訳なさすぎるんですっ! 私のために皆さんにお金を出し合ってもらうなんて……っ! そんなことを他の生徒達が知ったら、いったいどう思うことでしょう!? そちらのほうが問題じゃありませんか!?」


 いやっ、ほんとは周りにどう思われるかどうかより、俺自身が心から制服で参加したいんだけどっ!


 聖夜祭は『キラ☆恋』のクライマックスだ。


 俺がプレイしたリオンハルトルートでは、リオンハルトからプレゼントされたドレスを纏ったハルシエルが、ダンスパーティーでリオンハルトと一緒に踊った後、リオンハルトにバルコニーい誘われ、そこで告白されていた。


 けど、俺はリオンハルトはもちろん、イケメンどもの誰ともそんなイベントを起こす気なんざねぇ……っ!


 そこで考えたのが、制服で参加したらどうだろうという案だったのだ。


 周りの女生徒達が全員ドレスを着ている中、さすがに制服姿の俺をダンスに誘うわけがないだろう。


 制服なら、学園の行事に参加するのにも支障がないはずだ、と。


 けど、まさかこんなに猛反対を食らうとは……っ!


「ハルシエル嬢。きみの望みを却下するのは心苦しいが、生徒会長として、制服での参加は認められないよ」


 何と言ってイケメンどもを説得しようかと悩む俺に、リオンハルトが真剣な面持ちで告げる。


「生徒会役員は、他の生徒達の見本となるべき存在だ。そこには、しかるべき行事にしかるべき服装で参加することも含まれる」


 リオンハルトの碧い瞳が真摯しんしな光を宿して俺を見つめる。


「先ほどのきみの言葉を返すようだが、生徒会役員であるきみが、盛装で参加するべき聖夜祭に制服で参加すれば、周りの生徒達はどう思うことだろう? ひょっとしたら、特待生であるきみを軽んじる生徒が出てこないとも限らない。わたしは生徒会長として、きみのためにも、そんな事態が起きる可能性があるような服装を認めるわけにはいかないよ」


「そうだぞ、ハルシエル嬢。衣装はある意味、身を守るためのよろいでもあるんだ。きみの謙虚なところも美点のひとつだが、よく知らない者にはそれが通じないこともある。制服で参加することで、きみが余計なトラブルに巻き込まれるような事態は看過できない」


 リオンハルトに次いで、ディオスが諭すように穏やかに告げる。


 俺を見つめる瞳は真剣そのもので、ディオスが心から心配してくれているのが嫌でもわかった。


 そっか……。俺はダンスパーティーに参加しないためには、単純にドレスを着なければいいと思ってだけど、単純に制服で参加すればいいってものじゃないんだ……。


 貴族の装いにそれなりの意味があるというのは、庶民である俺にはまったく実感がなかった。


 ディオスが言うとおり、制服で参加することで余計なトラブルが生じるのは勘弁願いたい。


 けど……。制服が却下されたとしても、イケメンどもにドレスを贈られる気はないっ!


「では、先輩方のアドバイスに従って、制服で参加するのはやめることにします」


 俺の言葉に、イケメンどもがほっとした顔を見せる。


 が、他の面々が口を開くより早く、俺は言を継いだ。


「でも、みなさんにドレスを贈っていただくのは申し訳なさすぎます! ドレスなら、薔薇園のお茶会の時に贈っていただいたものがあるので、それを着て参加します!」


 告げた途端、イケメンどもの顔がふたたびしかめられる。


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