391 ほんとは心の奥では欲しくなってるんじゃないの?


「まったまた~♪ ほんとは心の奥ではオレの絵が欲しくなってるんじゃないの?」


「なってませんっ!」


 まるで俺の心を読んだかのように、からかいまじりの声を上げたヴェリアスに、むきになったように即答し、ふいっとそっぽを向く。


 ほ、欲しくないっ! 欲しいなんて、まったく全然思ってねぇ!


 そもそも、イケメンどものスケッチは絶対に受け取らないって、最初から心に決めてたし!


 ヴェリアスの絵は、確かに素敵だと認めてやらないこともないけど、ひとりの絵を受け取ったら、他のイケメンどもの絵ももれなくついてくるだろーが!


 ちらりと視線を向けると、ヴェリアスは俺の内心の葛藤かっとうなどお見通しと言わんばかりににやけている。


 くぅぅっ! そのにやけ顔がなんとも腹立たしい……っ! 近くの絵筆を口に突っ込むぞ!?


「……そういえば、美術室に来た時に、絵を贈るとかなんとか話をしていたね」


 どうやってヴェリアスをごまかそうかと悩んでいると、ピエラッテ先輩がふと思い出したという様子で口を開いた。


「なら、私もハルシエル嬢に贈らせてもらおうかな」


「え……っ!?」


「ピエラッテ嬢……っ!?」


「本気ですか……っ!?」


 ピエラッテ先輩の発言に、俺だけでなく他の面々も息を呑む。が、ピエラッテ先輩はあっさり頷いた。


「モデルを務めてもらうのに、何もお礼をしないというわけにはいかないからね。コンクールに出品したあとになってしまうが……。よかったら、完成した絵を受け取ってもらえるだろうか?」


「そ、そんな……っ! 申し訳なさすぎますっ! だって、コンクールに出すほど大切な作品なのでしょう!? それをいただくなんて……っ!」


 恐縮してぶんぶんとかぶりを振るが、ピエラッテ先輩は譲らない。


「いいんだよ。私が贈りたくて贈るんだから気にしないでほしい。それとも……。迷惑だろうか?」


「いえっ! とんでもありませんっ!」


 哀しげな表情で顔を覗き込まれ、反射的にかぶりを振る。途端、ピエラッテ先輩が破顔した。


「よかった。なら受け取ってもらえるね。約束だよ」


 ピエラッテ先輩の笑顔は、すごく満足そうだ。


 なんだか、ピエラッテ先輩にうまくのせられた気がするけど……。


 ピエラッテ先輩も喜んでくれているようだし、何より、あの絵が完成したらもらえるなんて、嬉しいことこの上ない。


「ピエラッテ嬢の絵を受け取るんなら、オレのスケッチだって、受け取ってくれていいんじゃない?」


 ここぞとばかりに言ってきたのはヴェリアスだ。


「えっ!? 何を言ってるんですか! ピエラッテ先輩から絵をいただくからこそ、他の方の絵は受け取れないんじゃないですか!」


 まあ、最初から受け取る気なんて全然なかったけどな!


 さも当然とばかりに返すと、ヴェリアス不満そうに口を尖らせた。


「え~っ! なんでだよ~っ! ピエラッテ嬢だけ受け取ってもらえるなんてズルイじゃん! ハルちゃんはそんな不公平なこと、しないでしょ?」


「何を言ってるんですか!」


 俺はまったくわかっていないらしいヴェリアスに、噛んで含めるように言う。


「ヴェリアス先輩は庶民の住宅事情をわかっていなさすぎです! 庶民の私室がどんなに狭いと思ってるんですか! 壁にピエラッテ先輩の絵をかけたら、もう他の絵を飾るスペースなんてありませんっ!」


 俺の発言に、まわりの生徒達がざわめく。これだからセレブ達は……っ!


「わたくしのクローゼットより狭いのではなくて……?」


 思わずといった様子で呟いたのはイゼリア嬢だ。


 さすがイゼリア嬢ですっ! 素晴らしいお部屋にお住まいなのですね……っ! でも、クローゼットの中に俺の部屋が入っちゃうかもだなんて……っ!


 それはつまりアレですね!? いつだって俺の部屋がまるごとイゼリア嬢のクローゼットにお引越し可能ということですね!?


 イゼリア嬢と一緒のお部屋……っ! 朝起きたらおはようございますと言って、夜眠る時にはおやすみなさいと言える生活……っ!


 えっ、何それどこの天国ですか……っ!? やばいっ、ちょっと想像するだけで鼻血が出そうですっ! イロイロと妄想がはかどりすぎちゃいます……っ!


「うーん、それを言われちゃうとなぁ……。確かに、ハルちゃんの部屋だと壁に六枚も飾るのは難しそうだよねぇ~」


 ヴェリアスの声に、妄想の翼を羽ばたかせていた俺は、はっと我に返る。


 やばかった……。幸せな空想に浸りすぎて、変な笑い声を洩らすとこだった……。


「ちぇーっ。物理的に無理なら仕方がないなぁ。今回は諦めるか……」


 ヴェリアスが心から残念そうに吐息する。


 おいっ、ヴェリアスお前、本気でピエラッテ先輩の絵と並んで飾らせる気だったのかよっ!?


 確かに、ヴェリアスの巧さなら隣でもいいかもしれないけど……。他の面々のことも考えてやれよっ! クレイユなんて、「ピエラッテ嬢の絵と並べられるなんてとんでもないっ!」とでかでかと顔に書いて、蒼白になって首をぶんぶん振ってるぞ!?


 っていうか、今後も受け取る気なんてないし、そんな機会もないからっ!


「というわけで、お断りします!」


 はっきりきっぱり、誤解のないように宣言しておく。


 よしっ! これでイケメンどもから絵を贈られるなんて事態は回避だぜ!


 もしイゼリア嬢が俺に絵を贈ってくださったりなんてしたら、光栄すぎて家宝にしちゃうけど……。


 イゼリア嬢が描かれていたのはリオンハルトだから、俺に贈ってくださる可能性は、万にひとつもないんだろうなぁ……。


 というかイゼリア嬢! どうしてモデルがリオンハルトなんですか……っ!?


 はっ!? もしや、『白鳥の湖』で、黒鳥オディールにオデット姫がさんざんいじめられたから、オディールが嫌いになったとか……っ!?


 そんな――っ! 違うんです! 俺はいつだってイゼリア嬢のことが大好きなんですっ!


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