389 いらっしゃらなくても準備にそれほど影響があるとは思えませんけれど


「ありがとうございます……っ!」


 許可を出してくれたリオンハルトに、素直に礼を言う。


「リオンハルト様。少し甘すぎるのではございませんか? オルレーヌさんのわがままをそんなにあっさり認めてさしあげるなんて……」


 眉を寄せて苦言を呈したのはイゼリア嬢だ。


「ま、まあ、オルレーヌさんの場合、いらっしゃらなくても聖夜祭の準備にそれほど影響があるとは思えませんけれど! そう考えれば、ピエラッテ嬢のモデルを務めたほうがいいかもしれませんわね。ピエラッテ嬢がコンクールで優勝すれば、聖エトワール学園の名声が、さらに高まるに違いありませんもの」


「イゼリア嬢……っ! 私の決断を支持してくださってありがとうございます! ですが、大丈夫ですっ! リオンハルト先輩がおっしゃったように、できるだけ聖夜祭の準備には影響がでないようにしますから!」


 満面の笑みで感謝を述べると、イゼリア嬢の細い眉が吊り上がった。


「べ、別に支持なんてしていませんわ! わたくしは総合的に考えてそちらのほうがよいと判断しただけで……っ! ピ、ピエラッテ嬢の黒鳥オディールはとっても素晴らしいですもの! 完成した絵を純粋に見たいと思っただけで、決してオルレーヌさんのことを思いやっているわけではありませんわ! 勘違いしないでくださる!?」


 うっすらと頬を染めたイゼリア嬢が早口で告げたかと思うと、ふいっと顔を背ける。


 きゃ――っ! なんですかこの可愛すぎるツンデレ! ありがとうございますっ! ごちそうさまですっ! ひざまずいて感謝の祈りを捧げてもいいですかっ!?


 地に伏してあがめ奉りたい衝動を必死で抑えつけていると、ディオスに声をかけられた。


「心配はいらないぞ、ハルシエル。俺も助けられる部分はサポートするから、無理はしないでくれ」


「ディオス先輩、ありがとうございます!」


 やっぱりディオスはほんと頼りになるなぁ。


 感嘆していると、負けじとばかりにクレイユとエキューも身を乗り出した。


「もちろん、わたしもサポートするつもりだ。文化祭の時はきみに助けてもらったからな。何かあれば遠慮なく言ってくれ」


「ハルシエルちゃん、僕にも言ってね! ハルシエルちゃんが描かれた素敵な絵ができあがるのは、僕も楽しみだもん!」


「クレイユ君とエキュー君もありがとう」


 下書きの時点でも、こんなに素晴らしいんだから、やっぱりみんな完成した絵を見たくなるよな。


「あ、でも……」


 俺は大切なことを思い出して、イケメン達を見回す。


「次からは私ひとりで来ますから、ついて来てもらわなくて大丈夫ですよ? 小さい子どもじゃないんですから……。それに、先輩達が来られたら、それこそ聖夜祭の準備に支障が出てしまいます!」


 きっぱり告げると、イケメンどもが困ったように顔を見合わせた。


 え? もしかして俺、いまだで校内で迷うとでも思われてるのか!? それとも、生徒会役員にふさわしくとんでもない粗相そそうをしでかすと心配されてるっ!?


 俺の言葉に同意してくださったのはイゼリア嬢だった。


「オルレーヌさんのいう通りですわ。書記としてはわたくしがいますもの。オルレーヌさんはいなくても何とかなりますけれど、皆様は誰が欠けても準備がとどこおってしまいますわ」


 イゼリア嬢が俺の味方をしてくださってる……っ! 嬉しいです……っ!


 やっぱり、少しずつ俺のことを認めてくださってるんですね……っ!


「確かに、ハルシエル嬢とイゼリア嬢の言うことももっともだ。聖夜祭の準備は、決してないがしろにできないからね」


 ひとつ吐息したリオンハルトが頷く。


 そうそう! まじで来なくていいからっ! 今日だって、なんでイケメンどもが勢ぞろいしたのか、本気でわかんねーし!


 リオンハルト達に、ピエラッテ先輩がからりと笑う。


「心配はいらないよ。美術部にいる間、私がしっかりハルシエル上のことを見ておくからね。ハルシエル嬢も、私のことを信頼してくれているようだし。……そうだろう?」


「はいっ! もちろんです!」


 俺を振り返ったピエラッテ先輩に大きく頷く。


 イゼリア嬢の推し語りを聞いてくれたばかりが、モデルを務めている間、イゼリア嬢を見つめられるようにしてくださった御恩は、決して忘れませんっ! 二時間の間、至福でした……っ!


「え~っ、ハルちゃん、ちょっと簡単にピエラッテ嬢を信用しすぎじゃない? まだ会って二回目くらいでしょ?」


 顔をしかめてそんなことを言い出したのはヴェリアスだ。


「たった二回でも関係ないですよ! ピエラッテ先輩がいい方なのは、もうちゃんとわかってます! こんなに素敵な絵を描かれる方が、悪い方なわけないじゃないですか!」


「おや。きみにそんな風に言ってもらえるとは嬉しいね」


 つないだままの手を軽く持ち上げ、上品に微笑むさまは、同じ女子なのに思わずどきっとしてしまう。と、ヴェリアスがはぁぁっ、と吐息した。


「ハルちゃんってば、また無自覚にそういうことを……。ほんと、天然で人たらしなところが心配なんだってば……」


 ヴェリアスの呟きの後半部分は小さくてよく聞こえない。


「そもそも、ヴェリアス先輩より、ピエラッテ先輩のほうがよっぽど信用できると思います!」


「うぇぇぇっ!? ハルちゃん、ひどすぎない!?」


 よよよ、とヴェリアスが芝居がかった様子で泣き真似をする。


「オレ、こんなに一生懸命、ハルちゃんのこと描いたのに……っ!」


 ヴェリアスの言葉に、そういえばイケメンどもの絵はまだ見ていなかったと思い出す。


 俺としては別に見なくても全然いいんだけど、見なかったら見なかったで、ヴェリアスあたりが後でうるさそうだ。


 ピエラッテ先輩とつないでいた手を放してイケメンどものイーゼルのほうへ行こうとすると、クレイユがあせった様子で口を挟んできた。


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