387 イゼリア嬢成分が補給されて、始まる前より何倍も元気になってます!


 イゼリア嬢を見つめ続けていたら、二時間はあっという間だった。


 誰はばかることなくイゼリア嬢を見つめられるなんて、俺としてはもっと長くてもよかったくらいだ。


「さあ、ではいったんここまでとしようか。ハルシエル嬢、お疲れだったね」


「いえっ! ぜんぜん大丈夫ですっ!」


 むしろ、イゼリア嬢成分が補給されて、始まる前より何倍も元気になってます! 心が!


 ピエラッテ先輩の言葉にぶんぶんとかぶりを振る。


「きみのおかげで、素晴らしい絵が描けそうだよ。感謝する」


 満足そうな笑みを浮かべたピエラッテ先輩が、「そうだ」と手を打ちあわせる。


「モデルになった経験は初めてだろう? よかったら、部員達が描いたスケッチを見て回るかい?」


「えっ? いいんですか?」


「もちろんだよ。こちらへおいで」


 ピエラッテ先輩にエスコートされながら、美術室の中を巡っていく。


 さすが、美術部。みんなすごく巧い。


 が、俺が一番楽しみにしていたのは、もちろんイゼリア嬢の絵だ。


 俺を描いていないのは知ってるけど……。でも、イゼリア嬢が描いた絵をいままで見せてもらったことはない。


 これはもう、見たいに決まってる!


「イゼリア嬢、見せていただいてもよいですか?」


「……まあ、かまいませんけれど……。ですが、美術部の皆様には当然劣りますわよ?」


 念のため、イゼリア嬢におうかがいを立てると、ふいと顔を逸らされながらも許可してくださった。


 きゃ――っ! ちょっと気恥ずかしそうなところも可愛くてノックアウトされそうです!


「いえっ、イゼリア嬢がお描きになった絵というだけで価値があるので!」


 拳を握りしめて即答し、イゼリア嬢のスケッチブックをそっと覗く。


 途端、素直な感嘆の声が口をついて飛び出した。


「すごい……っ! イゼリア嬢、謙遜けんそんなさる必要なんてないですよっ! すごくすごくお上手ですっ!」


 何でもそつなくこなすイゼリア嬢のことだから、きっと上手だろうとは予想していたが、正直、予想以上の出来だった。


「リオンハルト先輩の高貴な雰囲気がとてもよく出ていると思います! さすがイゼリア嬢ですね! 美的センスに優れてらっしゃって……っ! やっぱり、お美しい方は、ご自身のお顔というお美しいものを毎日見てらっしゃるから、自然と美的センスも磨かれるんでしょうか!?」


 イゼリア嬢の絵は、スケッチしているリオンハルトの上半身を横から描いたもので、真剣極まりないリオンハルトの表情が特によく描けている。


「イゼリア嬢の絵が素晴らしくて、思わず見惚れてしまいます……っ!」


 ううぅ……っ! くそうっ、リオンハルトだっていうのに……っ!


 イゼリア嬢がお描きになった絵だと思うと、思わずどきどきしてしまうのがなんか悔しい……っ!


「たとえ絵であっても、きみにそんな風に言われるのは面映おもはゆいな。イゼリア嬢も、素敵に描いてくれてありがとう」


 俺とイゼリア嬢の間に割って入ったのはリオンハルトだ。


 おいこらリオンハルト! 俺とイゼリア嬢がきゃっきゃうふふとおしゃべりしているところに割り込んでくるんじゃねぇっ!


 俺は思わずリオンハルトを睨みつけるが、イゼリア嬢の可憐な面輪は、ぽっと薄紅色に染まる。


「まぁ……っ! リオンハルト様に素敵と言っていただけるなんて……っ! 嬉しいですわ……っ!」


 きゃ――っ! 照れてらっしゃるイゼリア嬢も可愛すぎます――っ!


 くぅ~っ! もしイゼリア嬢がお描きくださったのが俺だったら、これでもか! とばかりに褒めちぎって、もっとイゼリア嬢を照れさせて、恥ずかしがる様子をによによしながら眺めたってのに……っ!


 悔しがる俺をよそに、イゼリア嬢が見惚れるほど華やかな笑みを浮かべて、リオンハルトを見上げる。


「わたくし、心を込めて描きましたの! ですが、このようにうまくかけたのも、モデルであるリオンハルト様が凛々しいからに他なりませんわ……っ!」


「いえいえいえっ! 絶対にイゼリア嬢の腕前のおかけですよ!」


 思わず口を挟むと、イゼリア嬢の細い眉が吊り上がった。


「お世辞はけっこうですわ。オルレーヌさんに芸術の何たるかがわかるとは思えませんもの。そういう台詞は、先にピエラッテ嬢の絵を見てから口にすべきではなくて?」


「す、すみません……っ! その、私は本当に素晴らしいと思ったんですけれど……っ!」


 イゼリア嬢の言葉に反射的に謝ると、


「おや。私を評価してもらえてるなんて嬉しいね」


 とピエラッテ先輩がおどけたように肩をすくめた。イゼリア嬢が小さく吐息する。


「この学園で、ピエラッテ嬢の絵の素晴らしさを存じあげないのはオルレーヌさんくらいのものですわ。モデルに選ばれるだけで、どれほど名誉なことか……。今回描かれているのは、コンクール用の絵画ですの?」


「ああ、そのつもりだよ」


 あっさり頷いたピエラッテ先輩に驚く。


 えぇっ!? イゼリア嬢がおっしゃったとおり、俺は芸術関係はちんぷんかんぷんだけど、コンクール用の作品って、すっごく大事なものなんじゃ……っ!?


「ピ、ピエラッテ先輩! いいんですか!? 大事なコンクール用の作品なのに、私をモデルにして……っ!?」


 思わずおろおろとピエラッテ先輩を振り返ると、


「もちろんだよ!」


 と、驚くほどあっさり頷かれた。


「コンクールに出すと言っても、私はいつでも私が描きたいものしか描かないからね! 何より、いまはハルシエル嬢を描きたいからそれでいいんだよ!」


 えっへん! と言わんばかりに胸を張って堂々と言われると、そうなのかな、と納得しそうになってしまう。


 まあ、描きたいものを描くほうがやる気があふれて集中できるだろうし、ピエラッテ先輩がこう言ってるからいいの……かな?


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