386 お願いですから俺を描いてください~っ!
ピエラッテ先輩が言っていたことの意味は、美術室に戻ってすぐにわかった。
「さあ! 美しき黒鳥オディールの登場だよ!」
ピエラッテ先輩が芝居がかった口調で告げ、俺の手を引いて美術室に戻った途端、全員の視線が俺に集中する。
「おお……っ!」
「う、美しい……っ!」
「魔王の娘というより、まるで堕天使みたいだ……っ!」
どよめきとともにそんな囁きまで聞こえてきて、恥ずかしくなる。
舞台の時はイゼリア嬢がいらっしゃったし、何より、劇を成功させるのに必死で、気恥ずかしさなんて感じてる余裕がなかったけど、周りはみんな制服なのに、自分ひとりだけが舞台衣装だと思うと、どうにも居心地が悪い。
が、そんな俺に顔を寄せたピエラッテ先輩が低い声で囁く。
「ほら、胸を張って。イゼリア嬢が見ているよ?」
「っ!」
それはしっかり胸を張らなくては! 情けないところなんて、イゼリア嬢に見せられねぇっ!
「長い間、立っているのは辛いだろうからね。椅子を用意したよ」
モデルが見やすいようにだろう、美術室の中央に一段高くなった円形の段が
ソファーへ俺をエスコートしたピエラッテ先輩が、ぐるりと室内を見回し、声を上げる。
「今日の部活動は特別だ! これほど多くのすぐれたモデルか一堂に会する機会はまずないからね。今日のモデルに関しては、各自がそれぞれ、選んでよいものとする! 黒鳥オディールを描くもよし、今日の特別ゲストを描くもよし……っ! 許可は取ってあるので、好きな人物を描くといい!」
ピエラッテ先輩が告げた途端、美術室の中に歓声が湧き上がる。
「まぁ……っ! 生徒会役員の皆様も描かせていただけるなんて……っ!」
「なんと嬉しいことでしょう……っ! ああっ、どなたを描かせていただくか、迷ってしまいますわ……っ!」
「やっぱりリオンハルト様……っ! いえ、ディオス様とのツーショットも捨てがたい……っ!」
「あら、それを言うならリオンハルト様とヴェリアス様ではなくて?」
「わたくしはクレイユ様とエキュー様の一択ですわ……っ!」
令嬢達が頬を染めながら熱心に言い合っている。
っていうか、姉貴とシノさん! どの言葉にもいちいち深く頷いてるんじゃねぇっ!
頼むから純真な令嬢達に腐教……じゃなかった布教なんかして、仲間を増やしたりすんなよっ!?
「おれはやっぱりオルレーヌ嬢だよっ! 見ろよ、あの神々しいほどの美しさ……っ!」
「やばい。おれ、見惚れたまんま、手が止まってしまうかもしれない……っ」
男子部員達は、全員が俺を描くらしい。イケメンどももイーゼルの方向からするに、俺を描くんだろう。
けど、ほんとにできあがったスケッチは、俺に贈ってくれなくていいからなっ!?
っていうか、イケメンどもはどうでもいいからイゼリア嬢は……っ!? もしかして、イゼリア嬢も俺を描いてくださったりするんですか……っ!?
モデルを務める時間は二時間ほどって聞いてるけど……。
きゃ――っ! 二時間もイゼリア嬢に熱い視線を向けられたら、どきどきしすぎて俺の心臓が壊れちゃいます――っ!
ええっ、でもぜひっ! ぜひとも俺を描いてください――っ!
そしてもし、もしもイゼリア嬢が描かれたスケッチを俺にいただけたりしたら、家宝にいたします――っ!
段上から期待に満ちたまなざしでイゼリア嬢を見つめるが、イゼリア嬢がイーゼルを向けた先は、どう考えても俺を描く方向じゃない。
距離や方向から推測するに、おそらくリオンハルトを描くみたいだけど……。
え~~っ! どうしてリオンハルトなんですか……っ! 制服姿のリオンハルトなんて、見飽きるほど見てらっしゃるじゃないですか!
そこは今日しか見られない俺にしませんか!? いえ、お願いですから俺を描いてください~~っ!
心の中で叫び、必死で念波を送るも、イゼリア嬢には届かない。
そんなぁ~っ! とがっくりうなだれていると、隣でピエラッテ先輩が小さく吹き出す声が聞こえた。
「ハルシエル嬢。きみは、ほんとわかりやすね。じゃあ、そうだね……。角度はこういう感じにしてみようか」
俺をソファーに座らせたピエラッテ先輩が、身体の向きはこう。手はここに置いて、顔はこちらへ……。と細かく指示を出していく。
「ハルシエル嬢。こちらを見てごらん」
両手で優しく頬を挟まれ、整った顔を近づけられた時には思わずどきっとしたけれど……。
ピエラッテ先輩が離れた途端、目に飛び込んできた光景に息を呑む。
こ、これは……っ!
イーゼルに向かうイゼリア嬢の横顔がばっちり見えるベストポジション……っ!
ああっ! 緊張のためかうっすらと頬を染めて、真剣な顔でイーゼルを見つめているイゼリア嬢の横顔が、なんと神々しいことか……っ!
反射的にピエラッテ先輩に視線を向けると、悪戯っぽい笑みにぶつかった。
「これで、二時間の間、有意義な時間が過ごせるだろう?」
「ピエラッテ先輩……っ! ありがとうございます……っ!」
何この神采配……っ! 俺、先輩のこと、尊敬しちゃいそうです……っ!
「お礼は不要だよ。きみのよりよい表情を引き出したかっただけだからね」
ふぉおお……っ! 何でもないことのようにさらりと返してくれるピエラッテ先輩、カッコいい……っ!
なんというか、イケメンどもに爪の垢を煎じて飲ませたいほどだぜ……っ!
よーしっ! モデルを務める間、じっくりイゼリア嬢の横顔を見つめ続けるぜ……っ!
なんて幸せな時間だ……っ! ひゃっほ――い!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます